みかん小説
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"三十八年目の帰る場所" 第5話

曜に持っていくもの

「あのは俺のだ。俺が建てたなんだからな」

幸の声には迷いがなかった。

私は話をに当てたまま、しばらく何も言わなかった。

っているわけではない。

むしろ、ようやく分かったような気がした。

幸ので私は、族ではあっても、そのを緒に築いた相ではなかったのだ。

宅ローンを払ったのは自分。

会社で働いたのも自分。

だからも自分のもの。

その、私が何をしてきたかは、最初から数に入っていなかった。

「幸さん」

私は静かに呼んだ。

「何だ」

「その話は、来週きちんとしましょう」

「会うまでもない。すぐ帰ってこい」

「帰りません」

自分のからその言葉がた瞬、胸がきく鳴った。

幸も黙った。

私は続けた。

「来週の曜、午にそちらへきます。彩佳にも、できれば陽斗にもいてもらってください」

「なんで孫まで巻き込むんだ」

「そして、正さんにも来ていただきたいです」

「正まで呼ぶのか。何のつもりだ」

「持っていくものがありますから」

「何だ、それは」

「曜にお見せします」

話を切ると、のひらが汗ばんでいた。

怖くないとっていた。

けれど体は正直だった。

、私は幸へ真正面から「帰りません」と言ったことなど度もなかったのだ。

そのから週、私は父ので暮らした。

朝、恵さんの畑で根の引きを伝った。

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昼は押し入れを片付けた。

古い布、父の帳面、母の裁縫具。

母が使っていた踏みミシンもてきた。

錆びた部分を拭いて、油を差すと、しずつ滑らかにき始めた。

ペダルを踏むと、懐かしい音がした。

私は若い頃、裁が好きだった。

彩佳がさい頃はワンピースも縫った。

けれど義母の介護が始まってから、ミシンに触れることはほとんどなくなった。

「まだくんだ」

誰もいない部で呟いた。

まるで自分自に言っているようだった。

幸からは毎話が来た。

最初のは鳴っていた。

「いつまでを張るんだ」

「族に迷惑をかけて楽しいのか」

私は「曜に話しましょう」とだけ答えた。

目になると、内容が変わった。

「洗濯の柔剤ってどこへ入れるんだ」

「説を見てください」

「どこにある」

「洗面所の棚です」

目には、声まで変わった。

「頼むから帰ってきてくれないか」

私はし胸が痛んだ。

それでも答えは同じだった。

「曜に話しましょう」

その、私はもうつ準備をしていた。

押し入れから、古い布袋をした。

そこへ冊ずつ入れていく。

結婚したからつけ続けてきた計簿。

全部で冊あった。

最初の数冊はい学ノート。

途から販の計簿になり、最のものはさな帳型になっている。

費。

費。

学費。

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宅関係。

義母の医療費。

冠婚葬祭。

そして、私のパート代からした額。

幸は度も見ようとしなかった。

計を任せていたというより、興がなかったのだとう。

「必なら使えばいい」

そう言って料を渡し、りないは「使いすぎだ」と言った。

私は分をパート代からした。

彩佳のの制。

学の入学。

宿の敷。

成式の着物。

結婚式の援助。

計簿をめくると、その々の自分の字が残っていた。

《今はし厳しい》

《パート代から万円補填》

《彩佳の入学。頑張る》

私はしばらくページを閉じられなかった。

自分でも忘れていた。

こんなにい、私は活を支えてきたのだ。

曜の朝。

茶筒と計簿冊を鞄へ入れた。

発、恵さんが玄関まで来た。

「みっちゃん」

「はい」

「喧嘩しにくんじゃないんだろう?」

「はい」

私はし考えてから答えた。

「自分がどうきてきたのか、見せにくんです」

午ちょうど。

私は暮らしたのにっていた。

呼び鈴を押すと、扉をけたのは陽斗だった。

「おばあちゃん!」

さな体が腰へびついてきた。

私はポケットから桜の貝殻をした。

「約束、守ったわよ」

「きれい!」

その声を聞いただけ、胸がし揺れた。

居には幸、彩佳、そして正さんが待っていた。

幸は腕を組み、子へく腰掛けている。

「やっと帰ってきたか」

私は答えなかった。

静かに子へ座り、鞄を膝のへ置いた。

幸は正さんを見て言った。

「正、おも聞いてくれ。こいつは勝にをて週も帰らなかったんだ。回忌のだって笑いしてただけで、今さら何が満なんだって話だよ」

「兄さん」

正さんが何か言おうとした。

けれど幸はで遮った。

「俺はこのを建てた。何もローンを払ってきた。の名義だって俺だ。ていきたいなら勝にていけばいい。その代わり、度とこの敷居はまたがせない」

私はそれを最まで聞いた。

そして鞄から、あの古い茶筒を取りした。

「幸さん」

「何だ」

「まず、これを見てください」

私は枚の類を座卓のへ置いた。

幸は面倒そうにをに取った。

数秒。

彼の目が止まった。

所者。

森田美津子。

幸の顔から、先ほどまで浮かんでいた笑いが、ゆっくり消えていった。

「……何だ、これは」

私は答えた。

「このが建っているの登記です」

幸はもう度、私の名を見た。

「違いだろ」

「いいえ」

「だって、このは俺が……」

「建物の話は、このします」

私は鞄にを入れた。

けれど、この、幸の顔を本当に変えたのはの登記ではなかった。

次に私が座卓へ置いた、冊の古びた計簿だった。

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