"三十八年目の帰る場所" 第3話
父が残してくれた「元」
茶筒の蓋は、し固くなっていた。
両でゆっくり回すと、かすかな属音がして蓋がいた。からてきたのは枚の古い封筒だった。
私は縁側へ腰をろし、の類を取りした。
法務局で以取っておいた、の登記事項証の写しだった。
所者の欄には、私の名がある。
森田美津子。
その文字を指でなぞるたび、の父の声が蘇る。
幸と私が今のを建てることになった、父は自分が所していたを私へ譲ってくれた。
宅ローンを組むのは幸だった。建物も幸名義にすることになっていた。私は当、娘を育てながらスーパーの惣菜売りで週働いていたから、宅ローンの審査では幸がになるのが当然だった。
契約の、父は私を呼んだ。
「だけは、おの名義にしておけ」
「どうして?」
「というのは、の建物だけじゃない。元が事なんだ」
父は昔から無なだった。
だからこそ、その言葉だけは今でも覚えている。
「これはおの元だ。何があっても、おがつ所になる」
当の私は笑った。
「何があってもって、げさね」
父は笑わなかった。
「はいからな」
そのを、経ってようやく理解していた。
幸は建物が自分名義であることをよくにした。
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「俺が建てただ」
「俺がローンを払った」
何度聞いたか分からない。
けれどの名義について、幸が確認したことは度もなかった。
を建てた頃、幸は仕事が忙しく、契約関係の類もほとんど私と父に任せていた。必な所に印鑑を押し、ローンの説だけ聞けば、のことには興を持たなかった。
私はそのことを責めたことはない。
が私名義だからといって、夫婦ので優位にとうとったこともなかった。
むしろ忘れていた期のほうがい。
けれど、回忌のに「俺が建てたでのんびりしている」と言われた夜、私は久しぶりにこの類を確認した。
そして今回、なぜか持ってきたくなったのだ。
幸に見せるためではなかった。
自分自に見せるためだった。
私は何も持っていない女ではない。
「誰かのおかげでべているだけ」のでもない。
なくとも父は、私がいつか自分のでつが来るかもしれないと考えてくれていた。
がの端をさく揺らした。
私は類を封筒へ戻し、茶筒に入れた。
そのの午は、を掃除した。
父の机の引きしから古い領収がてきたり、押し入れから私がの頃に着ていた浴が見つかったりした。
夕方、恵さんが煮物を持ってきてくれた。
「じゃ寂しいだろうとって」
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「ありがとうございます」
縁側でで煮物をべながら、恵さんは父の話をしてくれた。
「お父さん、晩もよく言ってたよ。みっちゃんはのことばかりやってるって」
私は箸を止めた。
「そんなことを?」
「言ってたよ。もっと自分の好きなことをすればいいのになあって」
父がそんなふうに話していたとはらなかった。
夜、父の部に布団を敷いた。
窓をしけておくと、くから波の音が聞こえた。
いつものでは、夜に何度も目が覚める。
幸がトイレへ起きた音がすれば目が覚め、朝のを気にして計を見る。彩佳が泊まりに来ている夜には、陽斗が布団を蹴ばしていないか確認する。
誰も頼んでいないのに、私はいつも誰かのことを気にしていた。
けれど、その夜は違った。
目を閉じると、次に目をけたには朝になっていた。
半だった。
以、度も起きなかった。
しばらく布団ので井を見つめた。
こんなにく眠ったのは、いつ以来だろう。
枕元の携帯話を見ると、着信が件入っていた。
全部、幸からだった。
留守番話も残っている。
件目は夜の過ぎ。
「おい、洗濯が止まらないんだけど、どうすればいいんだ」
件目は朝。
「噌汁はどこだ。鍋がないぞ」
件目。
「卵はどこにある?」
私はわず笑った。
卵は、蔵庫の番の棚の側に置いてきた。
それすららなかったのだ。
けれど私は折り返さなかった。
縁側で分のお茶を淹れた。
誰かが起きるに朝を作らなくてもいい。
洗濯を回すを気にしなくてもいい。
何をべてもいい。
べなくてもいい。
湯のみからちる湯気を見ながら、私は初めてった。
泊だけでは、りないかもしれない。