"母の葬儀写真に現れた女――銀の花に隠された秘密" 第10話
もうの娘
母が言った「もう」が誰なのか、私は考え続けた。
澄子の名を見つけてから、私は施設の記録をつずつたどった。母が毎届けていたのは、物の着や文具、誕のカードだった。施設の元職員は、母が澄子を引き取れなかったことを何度も悔やんでいたと話した。
「美代さんは、自分の子どもだけでなく、庭の事できをなくした子を気にしていました。けれど、誰かの保護者になる覚悟を持つことと、気にかけることは違います。あの方はその境目で苦しんでいたのかもしれません」
私は母の帳をき、澄子の名がかれた付に印をつけた。母は会いにったは、必ず帰りにを買っている。の種類は毎違うが、はか青だった。母が好きだった赤い椿は、度も選んでいなかった。
母の優しさは本物だった。でも、優しさだけでは埋められないものがある。恵のほかに、母が隠していた子どもがいるのだろうか。千恵子にも聞いたが、彼女はらないと言った。母の妹夫婦にも子どもはいなかった。修司は「見違いだ」と言ったが、そう片づけるには、母の言葉がはっきりしすぎていた。
私は、母が通っていた病院の類や古い所録をもう度調べた。母の帳に、毎同じ付で「を届ける」とかれているがある。
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。恵の誕ではない。母が産したともずれている。
所録の端に、古い児童養護施設の名が記されていた。施設はすでに閉鎖されていたが、隣接する教会が記録の部を保管していた。私は話をし、母の名を伝えた。職員は古い台帳を調べ、ひとりの女性の記録を見つけた。
「美代さんは、施設にいた子どもに、く類やべ物を届けていたようです。名は、澄子さん」
澄子は、母のい親戚の子だった。母の妹夫婦がくなるし、寄りをなくして施設に預けられた。母は自分のに迎えようとしたが、恵のことを隠していたため、親族の反対を恐れて実現できなかった。母は毎、澄子に会いにき、成も季節の便りを送っていた。
「そのは今、どこにいるんですか」
「数にくなられたと聞いています。寄りのない方でした」
母は、血のつながった娘だけでなく、引き取れなかった子どもをずっと気にかけていた。私のらない母のが、まだいくつも残っていた。
施設の元職員が、澄子の持ち物をつ預かっていた。さな布袋だった。には、のびらが枚入っていた。枚のびらがあるブローチと同じ形だ。
「澄子さんは、これを切にしていました。『美代さんがくれたの部』と言っていました」
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私は息を止めた。
母が持っていたブローチは、枚のびら。澄子が持っていたのは、その枚だった。わせると、は枚になる。母は、恵に渡したを持ち続け、別の子にも枚を渡していたのか。
その夜、恵と千恵子に会った。私は澄子の話を伝え、布袋をテーブルに置いた。千恵子はびらを見て、目を見いた。
「このが、写真に写っていたのかもしれない」
葬儀の写真を並べる。母の隣につ女は、恵に似ているようで、千恵子にも似ていない。私は初めて、女の胸元を拡した。ブローチのびらは枚だった。
葬儀のにいた恵は、写真に写っていないはずだ。千恵子も撮には廊にいた。澄子は、すでにくなっている。
では、写真に現れた女は、母が会えなかった子どもたちの姿を借りたのか。
それとも、私がそう見たいだけなのか。
恵は、写真をしばらく見つめたあと、言った。
「私は、このをらない。でも、びらは見覚えがある」
「どこで?」
「子どものころ、母の裁縫箱で見た。が枚そろった状態で、ひとつだけ欠けていた」
千恵子が、持っていたブローチをした。枚ののびらに、澄子の枚を添える。
は、ぴたりとなった。
その瞬、部の隅で、子がさく鳴った。
誰も座っていない子に、黒いの女が腰かけていた。
彼女は、私たちを順番に見た。
そして、母の声で言った。
「やっと、そろったね」
施設の元職員は、澄子がくなるに「美代さんは来られなくなったけれど、私を忘れたわけではない」と言っていたと教えてくれた。澄子は母からの便りを箱にしまい、折読み返していたらしい。母が果たせなかった約束は確かにあったが、母のが澄子のに残したものもあった。私はそれを、母を許す材料にするのではなく、澄子がきたの部として記録した。
澄子の持ち物を預かっていた元職員は、彼女がくなるに度だけ母へをいたと教えた。返事はなかったが、母の所を何度もき直した便箋が残っていたという。私はその写しを受け取り、母の帳と緒に保管した。母が誰かを助けたことだけを美談にするつもりはない。助けられなかったの願いも、記録から消さないようにしたかった。
澄子の記録を探す、私は施設の跡を訪ねた。建物はなく、さな公園になっていた。遊具のそばに、当の子どもたちが描いた絵を保する碑がある。そこに澄子の名はなかったが、の絵がつ刻まれていた。私はいあいだ、そのを見つめた。
公園ので、の絵を囲む々が斉に揺れた。
帰り、私はいを輪だけ買って帰った。