"母の葬儀写真に現れた女――銀の花に隠された秘密" 第4話
樺喫茶
樺喫茶は、駅から分ほど歩いた商の端にあった。
に入ると、コーヒー豆を挽く音がして、のの音がのいた。千恵子は私の顔をじっと見て、「美代さんに似ている」と言った。母は若いころ、よくこのに来ていたらしい。主は千恵子を見て、何も聞かずにいつもの席へ案内した。
「母は、ここで何を話していたんですか」
「昔のことはほとんど話さなかった。ただ、あなたのことをよく話していたわ。紀子さんが結婚した、孫がまれた、を買った。自分が会えなくても、あなたのことはっていた」
「恵さんのことは?」
「名をにするだけで、泣きそうになっていた。私は、謝りなさいと言ったこともある。でも美代さんは、謝れば自分が楽になるだけだと言っていた」
私は、母が沈黙を美徳のように扱っていたことに気づいた。黙っていることが相のためだと信じ、自分が話す勇気を持てなかった。内には古い柱計があり、壁にはあせたの写真が掛けてある。午になると、窓際の席にいた女性がちがった。
ののブローチをつけていた。
「紀子さんですね」
声を聞いた瞬、病で母が呼んでいた声だとった。千恵子は母より歳で、今歳になるという。柄で、背筋がまっすぐだった。私は向かいに座り、葬儀の写真を見せた。
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「あなた、あのここにいたんですか」
「いました。美代さんに最のお別れを言いに。でも、あなたたちのにはられなかった」
「どうして、写真にだけ写ったんですか」
千恵子は写真を見つめたまま、すぐには答えなかった。
「私にも分かりません。撮ったとき、私は廊にいました。写真を見せてもらったのは、あなたの娘さんからです」
「理と連絡を取ったんですか」
「いいえ。あの写真は、私のところにも届きました。差はありません」
私は話のが分からず、写真を受け取った経緯を尋ねた。千恵子は、さな封筒を鞄からした。には、私が持っているのと同じ集写真が入っていた。裏には母の字で、こうかれていた。
『千恵子へ。あの子に、いつか本当のことを伝えて。』
「この写真は、葬儀の翌に郵便受けに入っていました。美代さんの字だといます。でも、彼女はもうくなっていた」
私は返事ができなかった。
千恵子は、昭のにで女の子を産んだ。父親は、当の職の司だった。既婚者だったその男は、千恵子に堕胎を迫った。千恵子は逃げるように、親友だった母のへを寄せた。母はすでに父と結婚していたが、事をって赤ん坊を引き取った。父には「親戚の子を預かる」と説し、戸籍は母の子として届けた。
「美代さんは、自分の子として育ててくれました。
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でも、赤ん坊が歳になるに、あなたのお父さんがってしまった」
「父は、何と言ったんですか」
「追いせとは言いませんでした。ただ、のでその子を『千恵子の子』と呼ぶことを禁じた。あなたのお母さんは、私が会いにくことも止めた」
そのあと母は私を産み、に修司を産んだ。千恵子の娘は、母の女として育てられた。だが、父の親族が引き取りを申したことで、母は赤ん坊を放した。表向きは、親戚の養子になったという説だった。
その子は、母の妹夫婦のもとで育てられた。千恵子は会うことを許されず、母もいあいだ連絡を断たれた。
「その子は、きているんですか」
千恵子はうなずいた。
「きています。名は恵。あなたの姉です」
私は、母がくなるに言った言葉をいした。
――数えないで。あの子は、まだきてる。
千恵子は、母の妹夫婦がくなったあと、恵と偶然再会したという。恵は母をんでいた。産みの母も、育ての母も、なぜ自分を秘密にしたのかと尋ねた。千恵子は答えられなかった。母は、いつか自分のから話すつもりだったらしいが、病に倒れてしまった。
「恵さんは今、どこにいるんですか」
「美代さんのにっていたのは、私ではありません」
「え?」
「私は度も、あなたのお母さまの部に入っていません。あの写真の女性が私なら、どうして私は自分で覚えていないのでしょう」
千恵子のが震えていた。
「あなたのお母さまが呼んでいたのは、私ではなく、恵だったのかもしれません」
そのとき、の柱計が半を打った。
窓ガラスに、私たちのろにつ女が映った。のを胸につけた女。今度は千恵子も見ていた。
女は、をいた。
「お姉ちゃん」
千恵子の顔から血の気が引いた。
「恵……?」
振り返ると、入のドアがゆっくり閉まっていくところだった。
喫茶の帰り、千恵子は駅のに寄り、いリンドウを輪買った。母が好きだっただという。彼女はを包んでもらいながら、「会いたいに会えないは、くなるほど、会いにく理由を見つけられなくなる」と言った。私は、その言葉を聞きながら、母も千恵子も、相のためだとい込んで自分の恐れを隠していたのかもしれないとじた。
主がコーヒーを運んできたとき、千恵子は母と初めて会ったの話をした。は職の堂でりい、同じ映画を何度も見にったという。母はではいふりをするが、夜になるとをにした。千恵子は、母が自分の子を育ててくれたことに謝しながら、母の沈黙を許せない自分もいると話した。
千恵子は、帰り際に私へさな所録を渡した。母が元気だったころ、が使っていたものだという。ページの端には、母の字で「いつか恵に」
とかれていた。所録には、恵の養父母のと、の所がつ並んでいた。母は再会の筋をりながら、最まで自分では歩けなかった。
をると、いリンドウのびらが枚、千恵子のコートに留まっていた。
千恵子はを抱え、駅の改札へ向かった。