"銀座の384万円" 第1話
座のとの袋
旬の座のメインストリートには、初をわせるたく澄んだ夜が吹き抜けていた。の枝先にはすでに繊細なイルミネーションが散りばめられ、ち並ぶ世界の流ブランドのショーウィンドウが、き交う々の楽しげな横顔を温かく照らししている。並通りから本入った通りを、私は周囲の華やかさとは対照に、張り詰めた面持ちでしに歩いていた。
私の両腕には、底のマチが広い特のオレンジの袋が、抱き抱えられるようにして収まっていた。座の直営ブティック限定の作、エルメスのハンドバッグ。定価万円。厳選された最級のトリヨンクレマンス革が放つ微かな芳と、磨きげられたシルバー具のずっしりとしたみが、袋のの持ちを通して私の腕に直接伝わってくる。
般の顧客がへを運んでも、半から以の予約待ちを言い渡されるような希な逸品だった。それを私が今夜の会ににわせることができたのは、本の老舗百貨の商トップを個にかし、パリ本から空輸されたばかりの国内初入荷分を優先に押さえさせたからにならない。
そこまでして私がこのバッグをに入れようとした理由は、ただつだった。
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今夜、歳の誕を迎える義母・(かずえ)への贈り物にするためである。
「あのバッグがに入らないなら、私、恥ずかしくて所のお茶会にもけないわ! んだ方がマシよ!」
先週、私の元で狂ったように甲い声を響かせた義母の声が、座の気に触れて鮮に蘇る。普通の専業主婦であれば、夫の料から万円ものをポンと捻することなど到底能だろう。しかし、私は義母のヒステリックな叫びを聞き流すことができなかった。義母にんでもらいたい、夫の族と本当の絆を結びたいという切実な願いが、私を突きかしていたからだ。
私、美央(みお)にとって、「族」というは何物にも代えがたい憧れであり、きるための命綱だった。
私は、世界な経済圏を牽引する巨複企業「真藤(しんどう)グループ」の総帥という血筋にまれた。幼い頃から私の周囲に集まってきたのは、私の柄や莫な資産、あるいはグループの利権だけを目当てに群がる、虚飾と計算に塗れた流階級のばかりだった。互いの腹を探りい、笑顔の裏に刃を隠して付きう息の詰まるような社交界ので、私は常にい孤独の檻に閉じ込められていたのだ。
そんな圧と虚飾の世界に疲れ果てていた、私は分を完全に偽装し、ありふれたなの女性として、堅商社に勤める田達也(ごうだたつや)と会った。
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達也は私を、資産の娘でも巨企業のトップでもなく、ただの平凡な女性として扱ってくれた。彼が語る実の話——曜に族で囲むすき焼きの匂い、くだらないテレビ番組を見て笑いう母親や弟との団欒。その何気ない常の景こそが、私が何兆円の資産を積んでもに入れることのできなかった、本物の「温かい族のぬくもり」に見えたのだ。
私は総帥としての本性を封印し、な専業主婦としてきるを選んだ。
だが、現実はあまりにも残酷だった。結婚活が始まるとすぐに、達也と義母の本性が剥きしになっていった。義母は私の実を「方のしがない貧乏」と見し、顔をわせるたびに「うちの優秀な息子に養ってもらっている分際で」と執拗な嫌がらせを繰り返した。夫の達也もまた、妻を守るどころか母親と結託し、私を使いのように扱い始めた。
それでも私は耐え続けた。私が歩引いて笑顔を作り、義母の求をすべて受け入れていれば、いつか彼らも私の真に気づいてくれるはずだ。そんな淡いを捨てきれずにいたのだ。
座等の角を曲がると、黒御で設えられた荘厳なエントランスが姿を現した。最級フレンチレストラン「グラン・レガリア」。
腕計の針は、指定されていた午ちょうどを指していた。
私はオレンジの袋を両でしっかりと抱き直し、たくなった唇をわずかに引き締めて、自ドアへとを踏み入れた。