"山奥の身代わり花嫁" 第9話
のだまり
がづくと、堂には所のだけでなく、くの農や暮らしの齢者も顔をすようになった。始まりは、の悪い女性が「ここでべるとと話せるから」と週に度訪ねてきたことだった。彼女は汁物を半分残し、持って帰れないかと慮がちに尋ねた。私は持ち帰りの温度管理が難しいことを説し、代わりに配達できる仕組みを考え始めた。
の福祉担当者に相談すると、事に困っている齢者は像以にかった。族が方にいて、は買い物へるだけで危険になるもいる。私は管理と保健所への相談を済ませ、既の調理で無理なく作れる数から始める計画をてた。井さんは「度に増やしたら続かないよ」と言い、配達は週、最初はに限定した。
配達を引き受けてくれたのは、退職にの見守り活をしていた佐伯さんだった。彼は順を覚えるのがく、玄関で返事がないがあれば福祉担当へ連絡する順も考えてくれた。私はべ残しや好みを記録する方で、病気に関わる判断は専職に任せるようにした。料理ができることと、何でもで背負うことは違うと、しずつ分かってきた。
堂の名は「のだまり」に決まった。さんのと似ていると私が気にすると、さんは話の向こうで「おさまはつののものじゃないよ」
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と笑った。板は所の若い職たちが端材で作り、井さんが入にを飾った。私は最初の営業に、の扉をける役を任された。
ある、常連になった齢の男性が「このご飯、くなった女のに似ている」と言った。私はどう答えるべきか迷ったが、「どんなお料理が好きだったんですか」と尋ねた。男性は根の煮方から昔の畑仕事まで話し始め、気づけば隣の席のもを傾けていた。堂がにぎやかになったのは、私の料理だけの力ではない。誰かが話し始められる席ができたからだった。
武さんは仕事のに堂へ来たが、私を特別扱いしなかった。皆と同じ列に並び、券を買って、空いた席に座る。私は彼の分だけだし巻き卵をく切りたくなるのをこらえた。ある曜、武さんが「いつものを」と言ったので、私は「ここは鮭弁当のではありません」と答えた。彼は困ったように笑い、結局そのの定をつ注文した。
つ目は静さんの分だった。静さんは堂で誰かとべることを慮していたが、武さんに誘われ、久しぶりに昼の輪に入った。、彼女は私に「このに来てから、若旦がよく笑うようになりました」と言った。私は包丁を洗うを止めたが、静さんはそれ以何も言わず、湯のみを片づけてていった。
業からかが過ぎた頃、配達先は軒になった。注文は定し、調理の担当も増えた。私は売表と与細を並べ、赤字をさずにを雇えることが嬉しかった。父からの話は途絶え、姉が京でどうしているかもらなかった。あのからくれて、ようやく静かな々が続き始めた。
けれど、その静けさはくは続かなかった。ある夕方、の予約画面に見覚えのない名で数の予約が入り、数分に取り消された。備考欄にはだけ、「お姉さんのものを取って、いい気分でしょうね」とかれていた。私は画面を閉じず、予約番号を控えた。誰かが、私のしい居所を見つけたのだ。