"山奥の身代わり花嫁" 第8話
帰り支度
かの最の、私は朝から鞄をけていた。古いワンピースを畳み、帳を内ポケットへ入れる。堂の仕事は楽しく、静さんたちは親切だった。それでも、いつか誰かが「置いてやったのだから」と言いすのではないかという怖さが、の隅に残っていた。
父からの封をさんに見せると、彼女は「のことは私が守る。あんたは自分のことを決めなさい」と言った。町へ戻れば、の階に部を用してくれるという。私は何度も礼を言ったが、さんは「帰ってきてもいいし、帰ってこなくてもいい。どちらでも仕事を教えたことは無駄にならないよ」と笑った。
武さんに鍵を返そうとすると、彼は引き止めず、駅まで送ると言った。「仕事の話をするなら、町へ戻ってからでも構いません」。私は拍子抜けした。優しくしてくれたを失望させるのが怖くて、どう断るかばかり考えていたのに、彼は私がていく選択を初めから認めていた。
堂のを通ると、机のに何枚ものが並んでいた。職たちがいたいだった。「昼をべると午も頑張れる」「父が初めて堂に来た」「いつもでべていたけれど、ここでは誰かと話せる」。字のきさも言葉遣いもばらばらで、誤字のあるまであった。私は枚ずつ読み、途から涙で文字が滲んだ。
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井さんは腕を組んでっていた。「最初は、私のやり方にをすだとった。でもあんたは、私が困っていることを先に聞いてくれた」。彼女はさな掛けを差しした。胸元には「峰の台所 美緒」と、静さんが縫った文字があった。「これを着るかどうかは、あんたが決めればいいよ」。
武さんは皆ので枚の類をした。堂の運営担当としての雇用条件だった。、休、社会保険、居費、試用期まで記されている。「結婚の返事は必ありません。仕事として、この堂を任せたいんです」。彼はそう言ってから、「断っても、ここでのかがなくなるわけではありません」と付け加えた。
私は類を受け取り、そので署名しなかった。内容を持ち帰って読み、さんと法律相談の担当者にも見てもらった。与は町の同種の仕事と比べて妥当で、まいも雇用契約とは別に借りられる形になっていた。私は条件をつだけ直してもらった。堂の運営方針を厨のと相談して決めることと、将来結婚しても与を変えないことだった。
武さんは修正を受け入れた。「それが普通です」と言う彼に、私は初めてし腹がった。「私にとっては、普通じゃなかったんです」。言ったあとで謝りかけると、武さんは「教えてくれてありがとうございます」
と答えた。私は笑ってしまった。っても、ここではから追いされないのだ。
翌週、私は正式に働き始めた。堂の扉に営業をいた札をげ、調理担当のと緒に仕込みをした。午には初めての与座を確認し、実へ送するための古い振込先を登録からした。画面には何の音もなく「削除しました」と表示された。続けてきた習慣が、指先つで終わった。
夜、父からまた話が来た。「今の活費が入っていないぞ」。私は「これからは自分の暮らしに使います」と答えた。父は何か言いかけたが、私は通話を終えた。机のにはの献表があり、私はその余に、初めて自分のために買いたいものをつき込んだ。丈夫な、しい鞄だった。