"山奥の身代わり花嫁" 第2話
曜の客
答えを求められた瞬、私は膝ので指を握り締めた。父はすかさず「もちろん本もんでおります」と言ったが、男性は父の言葉に頷かなかった。「私は美緒さんに聞いています」。声を荒らげたわけでもないのに、座敷の空気が変わった。
私が初めてその男性を見たのは、ほどの曜だった。沿いの町にある「ひだまり弁当」は、駅の華やかなとは違う。港で働く、通院帰りの齢者、昼休みのい運送会社のたちが、く温かいものをべるためにち寄るさなだった。主のさんは歳で、夫をくしてからで厨を守ってきた。
「煮物はめてからもおいしいように作るんだよ。べるが蓋をけるまでが料理だからね」。さんは私にそう教えた。私は客の顔を覚え、肉体労働のにはご飯をしく、塩分を控えているには別の副菜を用した。そんな夫を両親に話しても、「弁当の仕事なんて誰でもできる」と言われるだけだった。
曜の男性は、昼をし過ぎた頃に現れた。に焼けた顔に屑のついた作業着、靴には乾いたがついていた。鮭弁当とだし巻き卵を注文し、べ終わると容器をきれいにねて帰る。あるの、入で杖を滑らせた老を支え、自分の肩が濡れるのも構わずを拭いてくれたことがあった。
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別の曜には、先で泣いていた男の子にしゃがんで話しかけ、母親が見つかるまで緒に待っていた。彼は自分の弁当を男の子に渡そうとしたが、私は「まずアレルギーを確かめましょう」と止めた。男性はし照れた顔で「そうですね、気が回りませんでした」と笑った。その笑い方だけが、いつもの無な姿と違っていた。
私は名を尋ねなかった。彼も私活を聞いてこなかった。ただ、曜にはだし巻き卵をいつもより丁寧に焼いた。の片隅で黙って事をするが、の途でしだけ休めるようにとったからだ。私にはそれが特別な気持ちなのか、仕事へのこだわりなのか分からなかった。
縁談が来たのは、そのだった。父のりいで峰の元町だという宮坂さんが訪ねてきて、坂原武という歳の男性が結婚相を探していると話した。の仕事をしており、母親をくしてきな古いに暮らしているという。父は話の途から相のの広さや財産を尋ねたが、宮坂さんは「本は働くことを切にするです」と答えるばかりだった。
母は私を見ることなく、姉の肩を抱いた。「それなら耶がいいわ。この子はに好かれますから」。姉は峰の写真を見て、「駅もコンビニもないじゃない。を切る仕事なんて無理」
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と言い放った。それでも父は断らず、数には百万円がに届いた。何のかと聞いた私に、父は「おには関係ない」と言った。
になってったが、そのは父が自分から求めた婚礼準備の渡しだった。正式な婚約なのに相が支払ったのは、宮坂さんがい付きいを信じ、の修繕や移の準備に必だという父の説を取り次いだからだった。父は受け取ったのうちに借の返済に回し、母は姉にしい着物を買うと約束した。
そして今、姉は恋と京へ逃げた。私は事をらされないまま、代用品として座敷に座らされている。曜の男性は、いつもの客の顔ではなく、私の返事を待つのの顔をしていた。私は震える声で「んで来たわけではありません。でも、には戻れないんです」と答えた。
男性はしばらく黙っていた。それから父へ向き直り、「今は婚約の話をめません。おの件は代理を通して理しましょう」と告げた。父は「それでは困る」とちがったが、男性は私の古い鞄をそっと持ちげた。「美緒さん。まず全な所で休みませんか。結婚の返事はりません」。
父の顔が張った。「だったら、あのはどうなるんだ」。その問いに男性が答えるに、私は初めて自分のでをいた。
「お父さん、私をかせたいの。それとも、おを返したくないだけなの」。父は私から目を逸らした。返事はなかったが、その沈黙だけで分だった。