"親族会議で追放された妻――翌朝、七枚のカードが全停止" 第13話
をる
世田のをけ渡す、私は現へかなかった。
管理会社から必な報告だけを受けた。
義父母は数週かけて荷物を理した。
具のくは会社所だったため持ちせない。
方、類や個で購入した品、いの写真などは当然すべて持っていける。
義母は最まで、
「あのソファは私が選んだ」
と主張したらしい。
確かに選んだのは彼女だ。
だが購入したのは会社だった。
義父が切にしていたワインセラーも同じ。
軽井沢の別荘に置いてある具も、管理会社の備品。
彼らは使ううちに、「使っている物」と「自分の物」の区別を失っていた。
翔平もやって来た。
以のような級ではない。
さな国産だった。
彼は段ボールを運び、義父母の引っ越しを伝った。
管理担当者によれば、ほとんどをかなかったという。
所のたちは驚いただろう。
「成功した実業」
としてられていた宮田が、突然きなをる。
ただ、私は所へ事を説させなかった。
見せしめにする必はない。
彼らの名誉まで壊すことが目ではない。
それでも噂は自然に広がった。
会社が縮した。
は実は法所だった。
カードが止まった。
婚した妻が資産だったらしい。
のを塞ぐことはできない。
義母にとって何より苦しかったのは、貧しくなることより、「自分が本当は流階級ではなかった」
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と周囲にられることだったのかもしれない。
引っ越し完。
管理会社から最の写真が届いた。
具のなくなった広いリビング。
、私はここで初めて義父母と事をした。
義母が、
「族が増えるっていいわね」
と笑った所。
親族会議で、
「ていけ」
と言われた所。
同じ部なのに、何もなくなると驚くほどさく見えた。
私はその写真をしばらく見た。
そして産部に言った。
「売却はしないで」
「では賃貸へ?」
「いいえ」
私はし考えた。
「社員向けの研修施設に変えたい」
自分のために残すつもりはなかった。
いの所を、誰かがへむために使える所へ変えたかった。
軽井沢の別荘も同様に、社員の保養施設へ戻すことにした。
その決定をした、議なほど気持ちが軽くなった。
誰かを罰するためではない。
自分のを取り戻すための理だった。
その夜。
私はぶりに、自宅とは別に持っていたさなマンションへ帰った。
豪華ではない。
LDK。
窓から川が見える。
結婚、で暮らしていた部だ。
蔵庫をけると、ほとんど何もなかった。
私はコンビニで買った蕎麦を温め、でべた。
奇妙だった。
数千万円の具が並ぶ敷より、そのさな部の方が息がしやすかった。
べ終わった頃。
スマートフォンに通だけ通が来た。
翔平からではない。
宮田商事のしい代表からだった。
《正式に再建計画が承認されました》
翔平は、社ではなくなった。