みかん小説
本棚

"現地払いの還暦旅行" 第5話

帰れと言われた男

「ここまででいい。おは帰れ」

義父は駅の広でそう言った。が分からず聞き返すと、義母は俺のから最のスーツケースを引き取り、「ホテルには私たちだけでくから」と告げた。泊の族旅は、まだホテルに着いてもいなかった。

「俺の部も取ってありますよ。夕のとき、赤いちゃんちゃんこも用してもらってます」

「そんな古くさいもの、誰が着るか」と義父はで笑った。「還暦祝いに、仕事帰りみたいな顔をした婿がいると酒がまずくなるんだよ」

美奈子は「は健さんも来るの。あなたがいると族の格ががるでしょ」と言い、義母は「帰りの切符は自腹でね」と付けした。俺は冗談だといたかったが、の顔を見れば本気なのはらかだった。

「優希。おも、俺に帰ってほしいのか」

妻は瞬だけ俺と目をわせた。それから「お父さんのお祝いだし、今は嫌を損ねないで」と言った。「部は私が広く使えるから丈夫。弘志はで休んでて」

「丈夫って、何が」

「細かいこと言わないでよ。ホテル代は払ってあるんでしょ」

俺は答えるに、旅のしおりをこうとした。ところが義父がを振り、「の話はあとだ」と遮った。美奈子はスマホを構え、「最に記撮しようよ。お義弟さんがちゃんとお見送りした証拠」

広告

と笑った。

「そこに座りなさい」と義母が言った。

俺は度だけ拒んだ。すると義父が「このくらいもできないのか」と声を荒らげ、周囲の旅客が振り返った。これ以騒げばホテルの送迎係まで巻き込む。俺は面に膝をつかず、くのいベンチに座ってをげた。美奈子は角度が気に入らなかったらしく、「もっと反省してるじで」と何度も撮り直した。

その写真を族のグループに送ったあと、義父は満そうに送迎へ乗り込んだ。優希は最まで俺の隣に来なかった。がりると、駅には俺と、に残った旅のしおりだけがあった。

駅の窓で切符を変更するとき、係員に「お連れ様はご緒ではないんですか」と聞かれた。俺は「予定が変わりまして」と答えた。係員はそれ以尋ねず、空いている席を探してくれた。仕事では何百もの移を配してきたのに、自分の帰りを決めるだけでこんなに取るとはわなかった。領収を財布に入れたとき、やっと本当に帰るのだと実した。

帰りの幹線を取り直し、売で駅弁を買った。席に着いてからグループを見ると、美奈子がさっそく写真をアルバムの表にしていた。題名は「弘志のお見送り」。義父が「ようやく族入らずだ」とき込み、義母が笑う絵文字を並べている。

広告

胸の奥がえた。俺はスマホを閉じようとしたが、通がもう件届いた。差は優希だった。

「旦返した。羽賀くん、く来て。部はで使えることになったよ」

俺は何度もその文章を読んだ。優希はすぐに送信を取り消したが、通には全文が残っていた。消えるに画面を保すると、がし震えた。旅好きの友達。ベランダでの「当ね」。部の鍵の枚数。すべてが同じ方向を指していた。

そのとき文太から着信があった。「そろそろ到着だろ。おの姿が見えないから、のため連絡したんだ」。俺は息ついてから、駅で起きたことを話した。文太はしばらく黙り、最に言った。

「弘志。確認しておく。おの義父さんたち、精算が現払いだって本当に理解してるのか」

俺は窓に映る自分を見た。ホテル代を全部払うつもりだった男は、たった今、族旅から追い返された。だがチェックインの類に署名するのは、俺ではない。

「文太。予約どおり、規定どおりにしてくれ。俺がいないからって、誰かの支払いを肩代わりする必はない」

「もちろんだ。だが、もうつ聞いておけ。さっき、予約数を変更したいって連絡があった。おの部に、別の男を泊めたいらしい」

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: