"同窓会で頭取の娘に脅された俺、300億を全額解約" 第2話
と冊の学ノート
俺の会社の名は、『アサギホールディングス』という。 京・港区に本社を構え、物流インフラ、型自化倉庫の運営、ECプラットフォームのバックヤード支援をに引き受けるグループ企業だ。傘の事業会社は社、グループ全体の従業員数は千名を超え、直の連結売は千百億円に達していた。 非を貫いているため、価証券報告で俺の名が世に晒されることはない。メディアの取材もすべて広報と副社に任せ、俺自がテレビや経済誌の表にることは切断ってきた。ゆえに、この同窓会の会にいる百の同級ので、俺がそのアサギの創業者であることをる者はとしてしなかった。
俺がここまで沈黙を貫き、己の力を見せびらかさないのには、骨の髄まで染み付いた原体験があった。 俺が学の、個でトラック台の運送業を営んでいた親父が、脳血で急逝した。 残されたのは、過でガタのきていたトントラック台と、数千万円の焦げ付いた事業借だけだった。 トラックは借の形(かた)に束文で競売にかけられ、母は所の縫製で朝から晩までパートにて、夜は内職の造作りに追われた。それでも毎の活費はりず、に入学した俺は、費の集袋を毎のように遅れて担任の机へ持参した。
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『無理しなくていいぞ、堀』 担任のれむような、腫れ物に触るような目つき。あの線に晒されるたび、歳の俺の自尊は削り取られ、血を流していた。
放課は駅の弁当で厨の皿洗いをし、夜からは運送会社の仕分けターミナルで、付が変わるまでい段ボールを運び続けた。 制は同じものを着倒し、くなったズボンの裾は母が布を継ぎして伸ばしてくれた。カバンは所の先輩から譲り受けたおがりで、ファスナーは壊れかけていた。 そんな俺の姿を、教の番の席から最も残酷に指差して笑ったのが、当から支令嬢として君臨していた久エリだった。 『ひろって、いつもドブみたいな油の匂いがするよね』 『学なんてけるわけないじゃん。制の裾、ツギハギだらけで見らしい!』
そんな獄のような活ので、ただ、俺を「」として見てくれたがいた。 田砂子(にしだ・さわこ)。 図委員を務めていた、で物静かな女子徒だった。 の、過労と度の貧血で母が倒れ、週の緊急入院となった。俺は昼夜を問わず働き詰めになり、学を週無断欠席した。 週、退学届をす覚悟でい取りで登し、教の自分の机の引きしにを入れた――指先に触れたのは、冊の学ノートだった。
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表をくと、そこには驚くべき景が広がっていた。 俺が休んでいた週の全授業の板が、科目ごとに几帳面な文字で克にき写されていたのだ。黒板の文字だけでなく、教師がで補した事項、提物の締め切り、テストの題範囲まで、狂気すらじるほどの丁寧さで網羅されていた。 そして、表の裏の隅に、消しゴムで何度も消してき直した跡のある、さな鉛の文字が残されていた。 『わからないところがあったら、いつでも聞いてね』
名はかれていなかった。だが、その端正で温かみのある跡で、すぐに田砂子だと分かった。 放課、夕陽が差し込む無の図で、俺は彼女に問い詰めた。 『……なんで、俺なんかにこんなことするんだよ。周りからは、貧乏がサボってバイトしてるって笑われてるのに』 砂子は図カードを理するを止め、ゆっくりと顔をげて、俺の目を真っ直ぐに見つめた。 『堀君、サボってるわけじゃないでしょ。……お母さんのために、必で働いてるだけじゃない』
同でも、見しでもない。ただ、事実を事実として受け止め、俺の尊厳を肯定してくれた、世界でたったつの言葉だった。 そのからを卒業するまでの、俺が夜勤けで授業を抜けすたびに、机のにはノートが差し入れられた。
卒業までにそのノートは冊に及んだ。 俺は今でも、その最の冊目のノートを、京の自宅の斎の庫に切に保管している。 アサギホールディングスを創業し、資ショートの恐怖で夜も眠れず、胃から血を吐きながら歯をいしばっていた夜、俺を支え続けたのは、あのノートの裏表に刻まれた砂子の言葉だったのだ。