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"「嫁は廊下で寝ろ」私が二度と帰らなかった理由" 第2話

賑やかなへの憧れ

私の名は藤崎恵里、歳。

企業向け業務システムを発する青葉システムという会社を経営している。歳の、の職で緒だったの先輩とちげ、かけて社員百の会社になった。

仕事では旧姓の林瀬恵里をそのまま使っている。名刺にも会社のホームページにも代表取締役として林瀬の名が載っていた。

だからといって、級で会社へ通うわけでも、価なを着るわけでもない。毎朝に乗り、は普通の量販で買う。忙しい末だけは帰宅がを過ぎることがあったが、それ以はできるだけ普通の活をしてきた。

そんな私が族というものにく憧れた理由は、育った環境にあった。

父はくにくなり、母がで私を育てた。母は護師で、勤のでも残業になれば帰宅は夜、夜勤なら朝になって帰ってくる。

私たちは千葉の古い団で暮らしだった。

学の頃、夕飯をでべ、宿題をして母を待つ夜はなくなかった。それでも玄関の鍵が回る音がすると、私は嬉しくてっていった。

「ただいま。待たせたね」

「お帰り。お疲れさま」

それが私たちの決まりだった。

母は疲れていても私のでは仕事の愚痴を言わなかった。夜勤から戻った朝でさえ、私の弁当を詰めてから眠った。

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だから私は、勢で卓を囲む庭に憧れていた。

夫の孝介とは友の結婚式の次会でりった。私よりつで、るく当たりがよく、付きっていた頃は残業で遅くなった私を駅まで迎えに来てくれることもあった。

のには傘を本持って改札で待っていてくれた。

交際を始めてもない頃、私は自分が会社を経営していることを話した。

「え、会社やってるんだ」

孝介は驚いたあと、すぐ笑った。

「でもさい会社だろ? 俺、そういう経営とか分かんないからさ。恵里が楽しくやってるならいいよ」

その、私は会社の規模を説しようとした。しかし孝介が興を示さなかったので、そのまま話は終わった。

私自、それを嫌だとはわなかった。

肩きのついた林瀬恵里ではなく、ただの恵里を見てくれるなのだとったからだ。

結婚式は挙げず、両の事会だけで済ませた。会社のが孝介のにる会もほとんどなかった。

結婚して半ほど経った頃、義父の徹が仙台支へ単赴任することになった。定まであと。京郊にある戸建てには義母のみつ子だけが残されることになった。

最初の週末に顔をすと、義母はため息をついた。

「になると寂しいのよ。夜なんての音が全部聞こえるの」

それから私のを握り、「孝介と恵里ちゃんが来てくれたら毎賑やかでいいわね」

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と言った。

帰りので孝介が切りした。

「しばらく実で暮らさない? 母さん、ああ見えてにいんだよ」

その頃、私たちは孝介の会社にい賃貸マンションで暮らしていた。

そして私には、もうつ部があった。

会社のくに、自分で購入したマンションだ。部とリビング、台所があり、宅ローンも結婚に完済していた。繁忙期の仮眠や着替えに使っていたため、気もも止めていなかった。

結婚を決めた、度だけ「ここでで暮らさない?」と孝介に言ったことがある。

しかし孝介はテレビを見ながら、「会社の仮眠部みたいなところにめるかよ」と笑った。

私は自分で購入した部だとも話したが、孝介は聞いていないようだった。

義母の寂しそうな顔をいし、私は同居を受け入れた。

「くらいなら」

そう言うと、孝介は「さすが恵里」と笑った。

、私たちは賃貸を引き払い、義実へ移った。

そのから私は、蔵庫の脇のカレンダーでを数え始めた。

には、また夫婦の活へ戻る。

私はそう信じていた。

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