"疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由" 第7話
直ったミシン、来ない注文
文はに目の朝を迎えた。田宮への約束を破っている。京へ戻れば次の仕事を失うかもしれない。幸子が起きる、文は駅へ向かうにい報を頼んだ。
《シゴト オクレマス モウイチニチ クダサイ フミエ》
返事を待つにも、作業は始まった。で自転を直している青・浩が、切れたミシンの革ベルトを見に来た。しい部品は簡単にはに入らない。浩は古い革紐をつなぎ直し、具を細く削ってしのぎの輪を作った。
をかしているうちに、文はそのミシンの癖に気づいた。布送りの歯が摩耗し、い物を縫うと布がしずつ斜めへ流れる。針は何本も余っていたが、太さが違うものが混ざっていた。使える針を分け、曲がった針は別の皿に移した。幸子が「みんな同じに見える」と言うと、文は指先で本ずつ触らせた。
「使えないわけじゃない。向いている布が違うんだよ」
千代は古い袋を持ってきた。かかとの穴を見せて、「これなら縫える?」と尋ねる。文は袋を裏返し、擦り切れた布の周りまでくなっていることを示した。
「穴だけ塞いでも、すぐ別のところが破れる。周りも緒に考えよう」
幸子がわず「も同じなのかな」と言いかけてをつぐんだ。文は聞こえないふりをした。
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仕事の順を教えれば、娘は何でも理解するとっていた。けれど娘が見ているのは針の先だけではなく、自分たちの暮らしそのものだった。
所の青が革紐を張り直した、ペダルを踏む役は最初に栄蔵が引き受けた。きなで勢いよく踏んで糸を絡ませ、千代に笑われた。栄蔵は嫌な顔をしたが、「こんなに難しいとはらなんだ」と呟いた。そのさな失敗が、納に集まった々の緊張をしだけ解いた。
文とふさは、固まった油を拭い、錆びたねじをした。幸子と千代は古布を畳み、落ちたねじをなくさないよう皿へ並べた。のたちは、京から来た母子が壊れたミシンへかけているのを議そうに眺めた。
昼過ぎ、ペダルが初めて滑らかにいた。
「縫える!」
千代が叫んだ。ふさが針を通し、端切れを載せる。布はし曲がりながらもへんだ。縫い目は粗かったが、確かに本につながっている。ふさは目を潤ませた。
「以、私はこれで妹の着物を縫ったんです」
文は静かに笑った。「首をかばいながら、ゆっくり踏んでみて」と言う。
夕方、は所のへ、古い半纏の直しや子どもの着の仕てを受けられないか聞きにった。ところが反応は厳しかった。
「今はしいものなどいらん」
「自分で縫うからいい」
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「米なら渡せるが、はせんよ」
それでも軒から、さな繕い物を預かった。ふさは久しぶりの仕事にんだが、文は依頼の数とを計算していた。軒分を仕げても、千代をに置くためのを埋めるにはほどい。
栄蔵が納へ来たのは、その夜だった。
「せっかく直してもらって悪いが、これで暮らせるとわれたら困る」
ふさは「わかっている」と答えた。声はに落ち着いていた。
「でも、わかったで縫ってみたい。私が何もしなければ、あの子はていくことが決まるだけでしょう」
栄蔵は返す言葉を失った。夫婦が喧嘩をしているのではない。とも娘に飯をべさせたいだけなのだ。
翌朝、京から報が届いた。
《チュウモン ホカニマワス タミヤ》
文はを見て、しばらくち尽くした。約束を破ったのは自分だ。田宮は悪くない。それでも、戻ってからの賃をどうするのか、ので数字が回った。
幸子が報に気づいた。
「お母さん、どうしたの」
文はを畳み、「京の仕事がつなくなった」と答えた。
幸子は顔を伏せた。自分がへこうと言いしたせいだと考えたのだろう。
「わたし、帰る」
「帰るって、京へ?」
「うん。もう何も言わない。千代ちゃんのことも、お母さんに頼まない」
その言葉は、文が初めて聞く娘の音だった。
「幸子、私がここへ来ると決めたんだよ。
あなたの責任にするな」
「でも、仕事がなくなったでしょう」
「なくなった仕事は、戻ってから別のものを探すしかない」
文はがっていたわけではない。ただ、娘に自分の選択の責任を負わせたくなかった。
しかし幸子は納得していなかった。午、彼女はふさに「で注文を増やすにはどうすればいいですか」と尋ねた。ふさはしばらく考えた、の女の名を挙げた。
「隣町に、旅館をしているお久さんがいる。昔は私の縫った布団の側を買ってくれた。でも、戦争でずいぶん様子が変わったそうだよ」
幸子はすぐこうとしたが、文が止めた。
「お願いにくなら、同士でこう。仕事は、品物を渡して終わりじゃない。代をどう受け取るかまで決めなきゃいけないから」
千代が「わたしもく」と言った。栄蔵は娘の顔を見て、ようやく「まず話だけ聞いてこい」と許した。
翌、文とふさは隣町の旅館を訪れた。女将のお久は綿入れの布団を何枚も抱え、修繕に困っていた。しかし代をすぐに払うことはできないと言う。になれば客が戻るかもしれないが、今は見通しがたなかった。
「来で構わんから、暮れまで待ってもらえないかね」
ふさは承しようとした。文はその袖をそっと引いた。
「お久さん、しだけでも先にいただけますか。
糸も、綿も、縫うのべるものもりますから」
お久は顔をしかめた。交渉はそこで止まってしまった。
帰り、ふさは言った。「あんな言い方をしなくても、引き受けておけば仕事になったのに」
「受けてから払ってもらえなかったら、そのの暮らしをどうします」
「何もしないより、ましでしょう」
文もふさも、自分の活の厳しさをっていた。だからこそ折りえなかった。
はまで言も話さずに帰った。
その夜、千代は初めての母親ので言った。
「は、どうして『やってみよう』って言ったあとに、すぐ『無理だ』って言うの」
文は返事を探した。来ることを増やすために来たはずなのに、娘たちには諦めさせてばかりいた。