"疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由" 第2話
李の底にあるもの
翌朝、幸子は学へくと言ってくをた。京の国民学は再していたが、舎の事から授業のが変わり、疎から戻った児童はそれぞれの組へ戻されていた。幸子の以の友達のうち何が残っているのか、文にも分からない。
仕事へく、文は娘の李を片づけようとした。濡れたまま畳んだ拭いから、のの匂いがした。藁で編んださな履、擦り減った鉛、母が発に縫い付けた赤い糸の袋。片方は指先がほつれ、その所だけ別のの糸で繕われていた。
底に、の板で挟んだ束があった。学の作文らしい。の子どもたちの字が並び、農作業の絵も描いてある。最の枚に、きな文字でこうかれていた。
《幸ちゃん、おやくそく。千代》
そのには、赤く染めた糸が本、針穴に通されたまま貼られていた。文が考え込んでいると、束のから封筒が滑り落ちた。差は野の栗田ふさ。幸子を半以預かった農の女性だった。
《幸子ちゃんには、まだ渡していない物があります。もし気にかけているようでしたら、私にらせてください。娘のことで気まずいまま別れましたので、謝りたいこともございます》
い文章だった。いたはを置くたびに迷ったのだろう、か所にい墨のにじみがあった。
広告
文は便箋を畳み直した。娘がへ戻りたいと言うのは、置き忘れた物を取りにくためなのか。それとも、栗田と何か争いを起こしたのか。返事をこうとしても、確かめたいことがすぎた。
その夕方、幸子は帰宅すると、母のに膝をついた。
「李をけたの?」
「拭いが湿っていたから。ごめんね」
「も見た?」
「見たよ。千代ちゃんって、栗田さんの娘さん?」
幸子はうなずいた。歳。国民学の。、幸子がをしたときは、毎朝枕元にを詰めた拭いを届けてくれたという。
「千代ちゃんは字がなの。先の本を写して、わたしよりく覚えたこともある」
そう話す幸子の声は、京へ帰って以来いちばんよく弾んだ。文は娘が笑いかけるのを見て、胸が痛んだ。
「じゃあ、どうして喧嘩なんかしたの」
幸子の顔から笑みが消えた。
「帰るのね、わたし、栗田のおじさんに鳴ったの。千代ちゃんを、物みたいに扱わないでって」
文は針箱の蓋を閉めた。「どういうこと?」と聞き返す。
「千代ちゃん、から学へけなくなるかもしれないんだって。違うの子になるって言われて」
農には事がある。親戚に預けることと、子どもを見捨てることは違う。文はそう言おうとした。けれど幸子が真っすぐこちらを見たので、をつぐんだ。
「千代ちゃん、わたしに言ったの。
広告
帰ったら、お母さんを連れてきてって。幸ちゃんのお母さんは縫い物で働いてるでしょう。うちのお母ちゃんも縫えるのに、今はおになる仕事がないんだって」
「まさか、私に仕事を作ってほしいと言ったの?」
「緒に考えてほしいって。までに、わたしがよそのへかなくてもいい方法を」
文は指先を見た。針仕事で荒れた皮膚には、細かな切り傷がいくつもある。自分のを維持するだけで杯なのに、よそのの計を背負えるはずがない。
「幸子。を助けたいとうことは切だよ。でも約束は、守れることだけにするものだ」
「わたし、守れるとったんじゃない」
娘の返事はだった。
「千代ちゃんが泣いていたから、『帰ってくる』って言わないと、汽に乗れなかったの」
そう言った幸子は、堪えていたものが崩れるように涙をこぼした。文は肩へを伸ばしかけ、止めた。今抱き締めても、約束を消すことはできない。
では夕方の配をらせる声がした。京の狭い部と、いで待っている歳の娘。文はつの暮らしのに置かれたような気がした。