"杉原千畝の査証を得た一家、母だけが出国できない" 第10話
敦賀という港
を渡る、ミラは何度も自分の図をいた。けれどがどの所をんでいるのか、窓から見えるのはと空だけだった。陸なら駅名を数えられる。では、自分のんだ距をるためにの説を待たなければならない。
では誰かが酔いに苦しみ、誰かが旅券を握ったまま眠っていた。弟も度、顔を悪くした。母はをしずつませ、父は員に相談して休める所を教えてもらった。ミラはできることを探し、弟がこぼしたを布で拭いた。
ある朝、甲板へがると、くにのようなが見えた。づくにつれて、それが陸だと分かった。父がさく言った。
「本だ」
誰かが歓声をげた。泣くもいた。ミラはただすりを握りしめた。本という名は、何かもから彼女の活のにあった。しかし本のを実際に見たのは、そのが初めてだった。
港は敦賀という所だった。がゆっくり接岸すると、岸壁には働く々がいて、荷物を積んだがき来していた。くに並みが見える。らない文字でかれた板が並んでいる。ミラはわず弟に言った。
「読めない文字ばかりね」
「でも、みんな歩いてる」
「何が言いたいの?」
「ここにも普通のがんでるんだね」
弟の言葉に、ミラはし笑った。そこにがんでいるのは当然なのに、旅のは国の名ばかり考えていた。
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名のついた国にも、朝の仕事と夕飯の支度がある。港では男が荷を押し、女が子どものを引いていた。
入国の続きは緊張を伴った。旅券を差しす、父のにはわずかに震えがあった。カウナスで受け取った査証が、ようやく本来の役目を果たそうとしている。係員はをめくり、順番に確認した。説が分からないには、言葉をるがに入った。ミラは父の顔から目をせなかった。
やがては先へむよう促された。父は何度もをげた。母は弟を抱きげ、ミラの袖を引いた。岸壁へをろすと、弟はきく息を吸った。
「の匂いがする」
「まだ港だもの」とミラは答えた。
「本に来ても、は同じ匂いなんだね」
ミラは初めて、いに来たことと、世界がどこでも違うことは同じではないとじた。
港からの移を待つ、ミラたちは温かいべ物をにした。支援者を通じて旅の案内があり、必なに伝ってくれる々がいた。事をへ運んだ弟は、驚いたような顔をした。
「お母ちゃん、これ、温かい」
母は何度も頷いた。温かさがこんなにきな来事になるとは、にんでいた頃には考えなかっただろう。
岸壁のくで、配の女性がミラへ声を掛けた。言葉は通じない。女はをわせ、ミラの着のほつれた袖を指さした。
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配しているらしい。ミラは頷き、エヴァにもらった針の袋を見せた。女は笑って、指先で縫う仕をした。
女が差ししたのは、のに収まるほどさな布切れだった。ほつれた袖を直すの当て布に使いなさいというらしい。ミラは受け取るべきか迷った。今の自分には差しせるものがない。女は布を着のへ載せると、荷の方へ戻っていった。ミラはざかるろ姿を見送った。名もらないから受け取った、片の布。あの布が縫い込まれれば、この着には本の港の部が残ることになる。
通じたのは、ほんのそれだけだった。それでもミラは、誰かに自分の袖を見てもらったのが嬉しかった。旅の、皆の目は類と荷物に向けられていた。破れた袖に気づくがいる国へ、ようやく着いたのだとった。
列を待つ駅では、神戸という名が何度も聞こえた。難民の世話をする々がまいと事の配をめているという。父は窓で説を受け、次の移先を確かめた。
「ここで暮らすの?」と弟が聞く。
「まだ分からない。本は通過する国だと、旅券にもいてある」
弟は眉を寄せた。「通り過ぎるって、どういうこと」
「ここに来たのは、次にむためなの」
「じゃあ、本のと友達になっても、すぐさよならするの?」
母は答えるに、港で会った女性を振り返った。
相はもう見えなかった。
「いでも、会えたは忘れないでしょう」と母が言った。
移の列では、ミラは窓のの根を眺めた。形の違う、らない、駅のくの畑。父は隣で類を理し、母は弟の髪を撫でていた。が同じ両にいる。それだけで、カウナスの夜に何度も望んだことが叶っていた。
だが神戸に向かう途、父が声で告げた。
「本へ入ることはできた。次は、ここをるための類がる」
ミラはわず笑ってしまった。
「また類?」
父も笑った。母まで笑った。笑っていなければ、何かが胸の奥に溜まってしまう気がしたからだ。
「今度はどんななの」と弟が尋ねる。
「まだ分からないわ」とミラは答えた。「でも、読むのを伝う。名の文字だって、違えたら困るもの」
窓のでが傾いた。敦賀の港はすでにい。あの岸壁にりたの触だけが、ミラのに残っていた。