みかん小説
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"杉原千畝の査証を得た一家、母だけが出国できない" 第1話

分の印

史実を背景にした創作説

「これで助かるとは限らないわ」

歳のミラがそう言うと、父のアロンは、差しされた旅券をすぐには受け取らなかった。

〇、昭。リトアニアのカウナスにある本領事館のには、朝からの列ができていた。とはいえ、から来るにはもうの気配が混じっている。ミラは弟ダヴィドのを握り、母リヴカが腰に結びつけたさな布袋の位置を何度も確かめていた。袋には乾いたパンと、万はぐれたときに使う族の名をいたが入っている。

父の掌のには、が本を通過するための査証を受けた旅券があった。本語の文字はミラには読めない。印と付と幾もの活字が、まるで別の世界への入を表しているようだった。

「そんな言い方をするな」と父はさく言った。「ここへ来るまで、どれだけ待ったとっている」

「分かってる。だから、聞いているの」

「あとは列に乗ればいい」

「列に乗せてもらうためのは、まだないでしょう」

父は答えなかった。列のろでは、若い男が赤ん坊をあやし、老が子の内側から何度も類をしては折りたたんでいる。誰もが、片のつひとつを失えば自分のも消えるとっているようだった。

ミラたちはポーランドから逃れて、リトアニアのヴィルナにを寄せていた。

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をたのことは、すでにい昔のようにえる。父が修理していた計は棚に残し、母はを切るための鋏だけを持ちした。ミラは学の図帳を抱いて逃げたが、途でさに耐えられなくなり、川のほとりに置いてきた。図帳には、まだったことのない国の名が並んでいた。

ある、母が言った。

「これからは図に載っているではりないのよ。通れると、通してもらえるは違うから」

そのはが分からなかった。今なら分かる。国境というものは、面に引かれた線よりも、役所の机のに置かれた枚の類にかった。

領事館へ来る、彼らはオランダの領事代理のもとで、カリブのキュラソーに関わる渡航先の記載を得る方法を教わった。ミラは図を見て、こんなにい島があることに驚いた。誰も本当にその島へくつもりなのか、はっきり答えられなかった。ただ本を通らなければ、へ向かういをめないと聞かされていた。

領事館の建物からてくるの顔は、様ではなかった。涙を浮かべて笑うもいれば、もう度列の最尾へ戻ってくるもいた。ミラたちはその違いが何をするのか、確かめる余裕もなかった。

「杉原という方が、渡してくださったんだ」

父はようやく旅券を胸にしまった。

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実際に窓で交わされた言葉を、ミラはほとんど聞き取れなかった。だが、の本交官が勢の難民へ通過査証を発していることはっていた。そこに並んだ々のには、何も待ち続けている者がいた。

父は弟を抱きげた。「さあ、帰って荷物をまとめるぞ」

「お父さん」

「何だ」

「このは、本に入るためのものよね。ここからられるという許じゃない」

父がち止まった瞬、弟が軽い声で言った。

「本には、パンがあるかな」

母は笑おうとしたが、うまく笑えなかった。

宿へ戻る面ので、窓のには普通の暮らしが流れていた。のに並ぶ瓶、籠に入った野菜、を渡る学。がいつもの顔をしているほど、ミラには自分たちが何か取り返しのつかない所にっている気がした。

父は分の旅券を膝に置き、指で印をなぞった。やっと掴んだ切符のように見えるその類を、ミラは恐ろしくて見ていられなかった。

宿の主は廊で待っていた。いつもは族ので世話をする男なのに、そのは声をくして言った。

「今夜、部を移ってもらいたい。、しい客が来る」

「荷物をまとめるまでだけ」と父が頼む。

「が週になる。うちも商売なんだ」

誰も宿の主を責めなかった。彼にも族がいた。

その夜、母は枚の旅券を古い布に包み直した。

ミラは机ので鉄の線図を広げ、ヴィルナ、モスクワ、シベリア、ウラジオストクという名を鉛でつないだ。その先にはがあり、さらに本がある。すぎて、線を引くが途で止まった。

「まず、ソ連の許を申請しよう」と父が言った。

母はに額をいて見せた。列の料、続きのために必になりそうな費用、途のべ物。父の持ちよりもずっとかった。

「計を売る」と父は言った。

ミラが顔をげた。

父が最まで放さなかったのは、父自が修理して使っている古い懐計だった。の表面は擦り切れ、蓋はし歪んでいる。それでも毎朝、父は欠かさずゼンマイを巻いた。を捨てても、仕事を捨てても、この計だけは元に残していた。

「お父さん、それを売っても分にはならないわ」

父は計を机に置いた。音がさく響いた。

「ならないなら、りない分を考えるんだ。まだ夜はい」

弟は布団ので、もう寝息をてていた。母が旅券を隠し所へ運ぶ。ミラは父の計にをづけた。秒針はいつもと同じ速さでいている。けれどに残されただけが、急にくなったようにえた。

翌朝、父が計を売りにかけているに、宿の扉をく叩く音がした。

母がけると、隣の若い女性がっていた。

彼女は息を切らし、ののをミラへ差しした。

「昨の窓で、あなたたちと同じ列にいたでしょう。これ、あなたのお父さんが落としたんじゃない?」

それは分の旅券ではなかった。父がこれから申請するはずの、列への発許を求める類だった。すでに父の署名があり、の名もかれていた。

ただし、か所だけ、母の名が別の綴りになっていた。

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