"磨かなかった靴" 第5話
兄の署名
の保護者欄には『佐伯俊』とかれていた。健太は指を当てかけ、を引っ込めた。兄がいた文字とは違う。俊の『』は最にしねがる癖があったが、目のの署名はまっすぐな横棒で終わっている。それでもらないが見れば、健太の兄が弟を働きにすことを認めた類に見えた。
「誰がいたんですか。兄ちゃんは今、どこにいるんですか」。健太が詰め寄ると、男はを胸に抱えた。「事務所で話せ。今は所を確かめに来ただけだ」。信吉がに入った。「健太は、常夫はです。働きにす話は断っています」。男は子どもたちをずつ見て「よく考えた方がいい。駅で靴を磨いて暮らせるわけじゃない」と言い、っていった。
お志乃はたちを炭の奥へ招き、珍しく湯を沸かしてくれた。「あたしは学の先でも役所のでもない。法律のことはよく分からないよ。でも、名を勝にかれるのはおかしい」。彼女は古い帳面を取りし、今朝来た男の装と話した内容を記した。「に言うに、何があったかを自分たちで忘れないようにしておくんだよ」
健太は机に向かい、兄の字をいしながら名をいた。くはけない。それでも、兄が教えてくれた順をが覚えていた。俊は字をく、をし斜めにしていた。
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あの署名は似せているようで、違う。「俺の名も勝に使ってる。兄ちゃんの名まで」。りに声が震えた。
午、は寺岡の事務所へはかなかった。代わりに塚本に聞いた町の相談所を訪ねた。細い机がつある部で、職員の片桐という女性が、順番に話を聞いてくれた。彼女は齢、眠る所、いつから働いているかをき留めたあと、「そのが本物なら、皆さんを連れそうとした経緯を確かめる必があります」と言った。健太は急いで尋ねた。「兄の所も調べてもらえますか」。片桐は即答しなかった。「それは別の確認が必。でも、名が使われたことは放っておけません」
相談所から帰る途、利夫がち止まった。「俺、ここかられる」。突然の言葉に健太は驚いた。「何を言ってるんだ」。利夫は俯いた。「皆に迷惑をかけた。寺岡の所で働いたことがあるんだ。宗男より先にな」。健太は初だった。利夫は、緒に仕事をしたたちの名簿を運んだこともあるという。字が読めたため、寺岡に宝されていた。「言われるままをき直した。俺が、そうしたこともある」
信吉は鳴りかけたが、お志乃に教わったように度を閉じた。「それを今言って、どこへくつもりだ」。利夫は答えなかった。「逃げても、誰かがまた困るだけだ」と信吉は言い、健太の方を見た。
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健太は、利夫が隠していたことに傷ついたが、今いなくなられる方が怖かった。「俺はおに全部話せって言わない。でも、俺の兄ちゃんを見たなら、いつどこでかだけ教えてくれ」
利夫はい黙っていた。やがて「の、千葉の作業で」と言った。俊は寺岡の名簿を持ちそうとして見つかり、をひどく怪した。そのあと度だけ京へ戻り、利夫に「健太を見つけたら、駅で待つなと伝えてくれ」と頼んだという。「理由を聞いたら、会っても困らせるだけだって」。健太は返事ができなかった。兄は自分を捜していた。なくとも名を覚えていた。それでも会いに来なかった。
夕の芋を煮る、はほとんど話さなかった。常夫が「健太の兄ちゃんは、悪いなの」と聞くと、健太は「分からない」と答えた。分からないとにするのは辛かったが、誰かを守っただからといって、何も違えなかったとは言えない。利夫も、違えたことを認めてここに座っているのだ。
夜になって片桐が炭を訪ねてきた。昼の相談を聞いて、別の部署の担当者と話したという。彼女は封筒から写しを取りし、卓に広げた。「寺岡さんの所にした類だけじゃありません。同じ署名を使って、すでに続きがんでいます」。そこには、発予定の付、き先の作業、のの名が並んでいた。
健太は番のを見た。『佐伯健太 歳』。まれたまでき換えられ、に京を発つことになっている。そしてその横には、こう記されていた。『元引受 佐伯俊 本確認済』。片桐の声がくなった。「このままだと、お兄さんがあなたを送りすことを認めたことになってしまいます」。健太は子からちがった。「兄ちゃんがどこにいるか分からないのに、誰が本を確かめたんですか」。片桐は答える代わりに、封筒の奥からもう枚のをした。「確認したことになっているの名が、ここにあります」