"昭和21年、米を没収された母が引き返した理由" 第8話
消えない結び目
田は清の話を聞くと、机のへ図を広げた。今度の荷は丹波の組からて、駅にい赤井運送の倉庫を通り、千鳥母子寮へ届けられる予定になっている。澄子は「また止められるんですか」と尋ねた。田は「証拠がないうちから、全部の荷を勝に押さえるわけにはいかん」と答えた。運ぶ途で別の所へ移されれば、それを確かめなければならない。
清が荷を運ぶ仕事に戻ると言いした、澄子は反射に首を振った。「赤井にづいたら、また同じ目に遭う」。清は「戻るつもりやない。荷がどこへくか、から見られる所をってる」と言った。田は危険なまねをしないようを押し、警察側でを配置することにした。夫婦に求められたのは、聞かれたことを正確に伝えることだった。
その夜、澄子は子にのことを話した。娘は縫いかけの袋を置き、「また留守にするんやね」と言った。澄子は返す言葉がない。「お父ちゃんの仕事もなくなった。学の先に、うちのこと聞かれた。千代はお母ちゃんが帰ってくるまで寝えへん。私かて、もう子どもみたいに待ってられへん」。子の声は荒くなかった。その静けさが、澄子にはいちばん堪えた。
「頼んでばっかりで、すまん」
「謝るだけなら、も同じや。誰が千代を見て、何をべさせるか、ちゃんと決めてからかけて」
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澄子は翌の事を細かくにいた。隣の松尾の妻へ頼み、千代の昼には芋を分けてもらう代わりに、夜に洗濯を引き受けることにした。子は学へき、悟も遅刻させない。清はそのだけ町の修理伝いを引き受け、わずかな当を借りした。族で相談して決めたことは、今までよりさなことばかりだったが、澄子には事な変化だった。
の朝、千鳥母子寮にはらせが届いていた。片桐は届く荷の数をにき、伝う女性たちと確認した。初めから荷の横流しを疑って騒ぎすれば、相が運送を止めてしまうかもしれない。だから片桐は、いつもどおりの受け取りの支度をして待った。ただし今度は、荷の到着刻だけでなく、箱ずつの封の状態を確かめるつもりだった。
澄子は施設の奥に座り、赤ん坊を抱く若い母親たちを見ていた。の頃が子とさほど変わらない母親もいる。皆、どこかしらに疲れが残っていた。片桐が乳の空き缶を洗っていると、の母親が「今は届きますか」と聞いた。片桐は「届く予定です」と答えた。届くとは約束できない。予定と実際のに、誰かの都が入り込むことを、ここでは誰よりっていた。
昼、荷の音がので止まった。澄子はちがりかけたが、片桐にで制された。
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運んできたのは赤井運送の若い使いりで、箱をつだけ置いた。予定は箱だった。男は「残りはあとから来る」と言ったが、片桐は受領印を押さなかった。
「箱しか来ておりません。箱受け取ったとはけません」
「いつもそうしてるんです。あとで残りが来たら、帳尻はいます」
「今から、った分だけにします」
男は困った顔でへていった。澄子はからしれた所に、田と別の警察官がっているのを見た。追いかける様子はない。運送が残りを運ぶなら、まだここで待つほうが確かなのだろう。澄子は積まれた箱を片桐と緒に確かめた。紐には鉛の封がついている。しかしつだけ、結び目の位置がほかと違っていた。
「この箱、途でけたんでしょうか」
「封はついてますね」と片桐が答える。「でも紐がい。結び直したのかもしれません」
くにいた古参の女性が、針仕事で覚えた結び方を見て言った。「最初に荷を締めるときの結びとは違うよ。縄がりないから、余った端をつないでいる」。澄子は鉛の封をので転がさず、そこに置かれたままにした。物に触れればから分からなくなる。田にらせると、巡査は女性の説をつずつ聞いてき留めた。
ほどして、別の荷が到着した。今度は箱。運んできた男は赤井のにいた青と同じ背格好で、顔を布で拭きながら「遅くなりました」
と謝った。片桐が数えると、全部で箱になった。だが箱のうち箱には、先ほどの本の稲穂と違う印が押されていた。荷の種類も、元の予定では乳だったはずなのに、表に乾いた豆とかれている。
田は荷の男を呼び止めた。「どこで積んだ」。男は「赤井の倉庫です」と答えたが、詳しく聞くと荷を受け取ったのは倉庫の裏だったという。赤井本に話をかけても連絡がつかない。澄子は、荷が届いたことへの堵と、なお残る違で胸が落ち着かなかった。予定数が揃ったことと、予定した物が揃ったことは別だった。
田はすべての箱を調べ、封と荷札の状態を記録した。片桐のち会いでけると、乾いた豆とかれた箱からは確かに豆がてきた。方、乳の箱には錆びた缶が混じり、表の文字が読み取れないものもあった。積み替えられたからすべてが盗まれたとは言えないが、同じに別の荷を混ぜて届けたことだけはらかだった。
午になって、田から清へ伝言が届いた。赤井の倉庫の裏に、搬先をき直した荷札の束が残っていたという。そこには千鳥母子寮の名が、何度も消されて別の名にき換えられていた。しかも、赤井の主は朝から姿を見せていない。誰もが警察から結果のらせを待った。
その夕暮れ、千鳥母子寮のに、作業着の若い男がひとり現れた。顔にさな擦り傷があり、片方の袖が破れている。「森川さん、いますか」と聞くその声に、澄子は見覚えがなかった。男は絹の息子、孝男だった。澄子が名乗ると、男はをげ、田が来るのを待ってからをいた。
「母が持たせた印箱のことで、話があります。あれを使うてたのは俺です。でも、俺で荷をかしたわけやない。もう、駅で受け取るがいました」。そのの名を聞いた田は、すぐに部へ連絡を取った。孝男は続けて「次の列に、別の印をつけた荷が乗るはずです」と言った。
澄子はそこで初めて、問題が赤井の倉庫だけでは済まないことをった。