"昭和21年、米を没収された母が引き返した理由" 第4話
届かなかった荷
千鳥母子寮は、阪ののれにあった。焼け残ったの事務所を仕切り、畳を敷いた建物で、の内側にはさな洗濯物が何本も渡してあった。澄子が訪ねると、髪をく結んだ代の女性がてきた。「片桐と申します」と名乗るそのは、警察から連絡を受けているらしかった。澄子をへ通し、砂糖も茶葉も入っていない湯をした。
壁の向こうから赤ん坊の声がした。片桐は何度もそのほうへを傾けながら話した。「こちらには子を抱えた母親がほどおります。届くはずだった乳は、今も全部そろいませんでした」。澄子は自分のの話をするつもりだったのに、その言葉を聞くと、米を取りげられたことをすぐにはにできなかった。
「なくなったのは、何箱なんです」
「から数えれば箱以です。ただ、どこでりなくなったのか分かりません。運ぶは、ちゃんと渡したと言うのです」
「受け取ったはいないんですか」
「ここにはおりません」
片桐は、部の隅に置かれた空の箱を見せた。箱の角には鉄の帯がつき、釘の跡がいくつもある。乳だけではない。晒し布、鹸、乾いた豆を分けてもらう予定もあったという。届かなかった品物の代わりに何を使ったのか尋ねると、片桐は笑わずに答えた。「所の方が、使い古しの布を煮てくださいました。
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べ物は、毎そのの分を探します」。
澄子はわず、自分の掌を見た。昨までそこへ米のみがあった。それがなくなっただけでは揺れた。ここでは毎、受け取れるとっていたべ物が、届くかどうか分からない。そのを何かも繰り返していたのだ。
帰り際、片桐が冊のい記録を取りした。付、荷物の数、受け取ったの名だけを控えたである。「の終わりに、初めて荷がりないと気づいたんです。その、運送さんが『倉庫の違いです』と言いました」。欄には鉛で、作業をした男の名がかれていた。『森川』の文字が、澄子の目をとらえた。
「この森川というは、の名をごじですか」
「清さんでしたか。を庇うように荷を持っていたのを覚えています」
澄子は湯みを置き、しばらくちがれなかった。清が荷仕事を始めたのはからで、計にしになるというので何も聞かなかった。けれどの終わり、夫はをひどく腫らして帰ってきたことがある。何を運んだのかと尋ねると「箱や」としか言わなかった。
そのの午、澄子は片桐に教えられた運送へ向かった。先には製の荷が並び、男たちが縄を締め直していた。号は赤井運送とかれていた。の主に清の仕事を聞くと、男は瞬だけ目を細め、「臨の雇いや。
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細かいことは覚えておらん」と答えた。澄子が母子寮の名をすと、主は途端に嫌になった。
「荷がらんのは、運んだ者のせいと決まったわけやない。警察に話すなら、勝に話したらええ」
「うちの夫が運んだ荷なら、確かめたいんです」
「その夫に聞きなはれ。族やろ」
主のろで、縄を束ねていた若い男が澄子を見た。目がうとさく首を振る。今は何も言うな、という図に見えた。澄子はをれて角を曲がり、しばらく待った。夕暮れ、男が荷を押しててきた、彼女は端でをげた。
「先ほどは、失礼しました。うちの夫のことをってはりますか」
「清さんの奥さんやな。俺は藤岡。あのと何度か組んだ」
「母子寮へ荷を運んだんですか」
藤岡はを見回した。「そこでは話せん。夜の、川沿いの段に来てください」。そう言って荷を押してった。澄子はで夜へくべきか迷ったが、に戻れば清を問い詰めずにはいられないとった。まず話を聞き、それから夫に聞こうと決めた。
では子が隣の女から内職用の袋をもらってきていた。枚貼っていくらにもならない仕事でも、娘は弟妹を寝かせたあと黙々と続けていた。澄子が夕方かけると言うと、子はを止めず「お母ちゃん、もう米のことはええの」
と尋ねた。澄子は答えに詰まった。米のことを諦めたわけではない。しかし今は別のものが、自分たちのに入り込もうとしていた。
、川沿いの段に藤岡は来ていた。作業着のまま、片に古い封筒を持っている。「清さんは悪いやない」と彼は最初に言った。「ただ、誰かに言われたら断り切れへんがある」。澄子は封筒をいた。にはの搬順をいたが枚入っていた。台の荷と積み荷の数、そのうち台に清の名があった。
「これは、どこから」
「俺が写した。おかしいとったからや」
藤岡はさらにさな声で続けた。「その、俺たちは母子寮へくはずやった。せやけど途でき先が変わった。清さんは、変やと言うてりようとしたんや」。そこで言葉を切り、川向こうを見た。のに男がっていた。は、昼の運送の主に似ていた。