"昭和21年、米を没収された母が引き返した理由" 第3話
空の米びつ
翌朝、澄子が起きると、子はすでに輪にを起こしていた。さく刻んだ芋の皮を湯に入れ、千代には塩をし落としてませている。「学は」と聞くと、子は「千代が腹をこわしてるから、今は休む」と答えた。千代はこそないものの、昨夜から空腹で嫌が悪かった。母親を見ても、いつものようには駆け寄ってこない。
「お母ちゃん、いご飯は?」
「今は、まだない」
「は?」
澄子は答える代わりに、娘のい肩を撫でた。昨渡したれ着代わりの着物はもう元にない。あれは子がまれる、母から譲られた紺の絹だった。べ物に変えたことを悔したのではない。べ物に変えられなかったことが、どうしても悔しかった。
清は荷仕事へる支度をしていた。の親指と差し指は、戦に壊れた械の部品にはさまれてから曲がりにくい。い荷を担ぐには向きだが、ほかにまとまった仕事はなかった。澄子が警察へくと言うと、清は仕事着の袖を引きろしながら「その箱がどうなろうと、うちには関係ない」と言った。
「おかしな荷物を運ばされたんやで。放っておけるか」
「うちには子どもがおる。何のためにきとるとうてる」
「それやったら、私が悪いように言わんといて」
清は返事をせずにていった。
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子が母の背を見つめ、「お父ちゃん、昨から変や」とつぶやいた。澄子も同じことをっていたが、娘にまでを広げたくなくて聞こえないふりをした。警察へ向かう、彼女は米びつを持ちげた。底に残っているのは麦のと、何粒かのい米だけだった。
田が指定した部には、丹波の荷組の世話役を名乗る樋造という男が来ていた。を過ぎた、よく磨いた革靴を履く男である。箱の印を見せられると、造はすぐに頷いた。「確かにうちの組の品です。の終わりごろからなくなっていました」。その言い方には、なくなった物が戻ってきてした様子より、く引き取って帰りたい気持ちが滲んでいた。
「組の誰が使っていたんですか」と澄子が聞く。
「荷扱いの係ですよ。婦の方に関係する話ではない」
「それを、うちの息子に持たせたがいます」
「勘違いでしょう。どこかで拾ったのではありませんか」
悟は真っ赤になって「拾ってへん!」と言いかけた。澄子は息子の膝へを置き、落ち着くよう図した。田は造に封印用の具がいつ、どこから消えたのかを繰り返し尋ねたが、答えは曖昧だった。帳付けをしていた者が辞めた、荷物の入りがい、終戦から混乱が続いている。理由は次々にてくるのに、付だけがはっきりしない。
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別で澄子に話を聞いた田は、箱に挟まっていたのことを告げた。「とに、阪へ送った荷の数らしい。組の荷と、それ以の預かり荷が同じ欄にかれている」。澄子は首を傾げた。荷物を運ぶ商売があることは分かるが、なぜそこへ乳児のための乳や晒し布の品名があるのか見当もつかない。
「受け取り先に、『千鳥母子寮』という所がある。ごじですか」
「子どもを預かる所ですか」
「む所のない母子を受け入れている施設だそうです。そこへ運んだことになっている荷が、届いていないという話がある」
澄子の脳裏に、駅で見た痩せた母子の姿が浮かんだ。千代と同じくらいの女の子が、母親のもとで座り込んでいた。自分のへべ物を運ぶだけでも精いっぱいなのに、よそののことまで考えていられるのか。そういかけた、悟が隣で言った。「あのおばちゃん、僕に頼む、泣きそうやったで」。
組の造が帰ろうとしたところへ、駅から使いの青がってきた。阪側の荷扱い所に、同じ印を押した箱がまた入ってきたらしい。田は造を引き止めたが、男は「急ぎの仕事がある」と言ってへようとした。その取りを見て、澄子は問いかけた。
「組の具が戻ったのに、なんでしい荷物に同じ印がついてるんです」
造は初めて澄子を正面から見た。「商いをらんは、余計なことを言わんほうがええ」。声はく、脅すようでもあった。田がに入らなければ、澄子は言い返していたに違いない。
帰宅すると、子が隣からさな根を本もらってきていた。澄子は礼を言おうとしたが、娘は「私が炊事をしてるからや」と顔を背けた。母がいないに、子どもが働いてを支えている。その事実が刺さった。夜、清は遅く帰り、飯の代わりに根の汁をすすった。澄子が千鳥母子寮の名をすと、箸を持つが瞬止まった。
「その名、ってるの」
「荷を運ぶ所には、似たような名がなんぼでもある」
「ってるかどうか聞いてるんや」
清は汁をみ干し、椀を伏せた。「らんと言うたら、それで済むんか」。のの誰も、その問いに答えられなかった。澄子は夜半、夫が眠るのを待って作業鞄を見ようとしたが、鞄は寝の横になかった。清はすでに、どこかへ隠していた。