"妹の手術前に「家族やめれば?」――私はドナーを辞退した" 第2話
百点を取ってはいけない
私は直美と同じにまれた。父が結婚していた相は私の実母で、直美の母である苗は、その頃すでに父と関係を持っていたという。私が歳のとき実母がくなり、父はもなく苗と再婚した。に残された写真は次々に片づけられ、母の名をにすることさえ嫌がられた。
学の、算数のテストで百点を取った私は、に帰るなり答案用を父に見せた。担任が赤い丸を描いてくれたことが嬉しくて、いつもよりく帰宅したのを覚えている。父はを度見て、私のから奪い取ると、真んから破った。
「直美は点だったんだぞ。どうしておが回る」
「同じ問題を解いただけだよ。直美の点数なんてらなかった」
「っているかどうかじゃないの。しは空気を読みなさい」
苗は破れたを元へ落とした。直美は私の横で、自分の点の答案を隠しながら笑っていた。父は「おは直美が頑張るための比較対象だ。余計なことをするな」と言い、その晩の夕では私の分だけ卵焼きがなかった。
子供だった私は、何を違えたのか本気で考えた。次のテストでわざと問だけ空欄にして帰ると、今度は「そんな簡単な問題も解けないのか」と叱られた。点が良くても悪くても、私が褒められることはなかった。
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直美の気分を害さないことだけが、あのの決まりだったのだ。
学の担任は、破れた答案を翌週の提物ので見つけた。私はうっかり破いたと嘘をついたが、先は「百点を取ったことは悪いことじゃない」と言って、別のにもう度丸を描いてくれた。へ持ち帰るのが怖くて、そのは机の引きしに隠した。学で褒められた証拠をでは隠す。子供の私には、それが議なことだと分からなかった。
直美は私がテストの点を隠すようになると、今度はわざと皆ので答案を見せるよう求めた。「お姉ちゃん、また百点だったんでしょ」と笑いながら言い、父に聞こえるよう声を張った。私は点数の話を避けるため、帰宅すぐに宿題を済ませて体育館へくようになった。体操は逃げであると同に、誰にも奪われない私だけのになった。
それでも、私にはつだけ好きながあった。放課の体育館で体操のリボンを振るだ。音楽にわせて体をかしていると、で覚えた息苦しさがれていく。顧問の佐倉先は、私の首の角度や先の伸びを細かく直しながら、誰かと比べず自分の昨の演技を超えなさいと教えてくれた。
学に入る頃には、直美も同じ教で体操を習いたがった。だが練習がきついと分かるとかで辞め、代わりに私の会のことをで言いふらした。
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「広美は勉もせず踊ってばかり」と直美が言えば、父は会参加費をさなくなった。私は体育館の清掃を伝い、先の紹介で古のレオタードを譲ってもらった。
最の会で入賞した、私は表彰状を鞄の底にしまって帰った。誰にも見せなければ破られずに済む。そううようになっていた自分がしかった。卒業式の翌朝、必なものだけを持ってをたとき、苗は「どうせすぐ戻ってくる」と言い、父は聞から顔もげなかった。
戻らなかった私が、にあの族のために病院を探すことになるとは、そのときは像もしなかった。けれど私のには、母を失った子供の頃から捨てられないいがあった。族に嫌われたからといって、病気で苦しむを見捨ててもいいのか。その問いが、私を何度も引き戻していた。
そして今、私はようやく別の問いを持てるようになった。の命を配することと、自分のを差しすことは、本当に同じなのだろうか。