"借金3億の旅館を継いだ私を捨てた夫の誤算" 第2話
の計簿
夫・拓也というを形作っていたのは、病なまでの「への執着」だった。 結婚当初から、がの計は私の名義の普通預座で括管理されていた。 拓也が毎万円、私がフルタイムの料から万円をその座に入れ、賃や費、費などの活費をそこから引き落とす。ここまでは、共働き庭によくある形かもしれない。 だが、拓也が頑として譲らなかった、もうつの絶対なルールがしていた。
「この計座から、毎万円を俺の名義の別座へ自送する。これは老資だ。俺が運用して確実に増やしてやるから、おは余計なをすな」
勇気が歳になった、拓也はそう言って規約を作った。 以来、、万円の送は度たりとも止まることはなかった。 私が「今、どのくらい貯まってるの?」と尋ねても、拓也は「ちゃんと増えてるから配するな。おは目のの計簿だけ見てればいいんだよ」とで笑い、通帳の表すら見せようとはしなかった。
そのくせ、私の々の費に対する監は異常なほど厳しかった。 毎末になると、拓也は私が几帳面につけている計簿のノートを指先でめくり、箱の隅をつつくようにレシートを点検した。 「真帆、今も千円オーバーしてるぞ。
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何に使ったんだ」 「千円は、勇気の部活のテニスシューズよ。底がすり減って滑るって言ってたから……成期だし、怪をしたら困るでしょう」 「成期だからって何でも買い替えてたらがいくらあってもりないだろ! 円の無駄遣いが、で何万の差になるとってるんだ!」 拓也はそう鳴り散らしながら、計簿の余に挟まれた枚のさなレシートをつまみげた。 「おい、この百円は何だ? 缶コーヒー? 仕事帰りにこんな贅沢する必があるのか? 筒を持ってけばタダだろ」
計簿のどこを探しても、拓也自のみ会代や交際費は記載されていない。 彼は活費を入れた残りの自分の料をそっくり自分の遣いにし、その使途について私がを挟むことは切許されなかったのだ。
そして、何よりも容赦なく削られたのが、信州にある私の実への帰省費用だった。 実は野県の部、静かな湯治としてられる霞ヶ沢温泉にある『の宿』。 祖父がを拓いて建てた造階建ての本館は、築を数える古い旅館だった。に母が界してからは、父の郎が、古くから仕えてくれている仲居の照子さん(歳)や料理の省吾さん(歳)たちと共に、細々と守り続けていた。
「京から特急とバスを乗り継いだら、で往復万円くかかるんだぞ。
盆と正の両方帰るなんて、ドブにを捨てるようなもんだ」 結婚当初はに度帰っていた実も、拓也の骨な嫌悪によってに度になり、やがて「勇気の受験があるから」という理由で完全にがのいた。 勇気が最に祖父の旅館を訪れたのは、学の。 それ以来、すでにのが流れてしまっていたのだ。