"庭付き新居に押しかける長男夫婦、引越し当日に絶句" 第4話
戻ってきた「特別な子」
帰国した、琢磨は学6になっていた。
での活を通して友も増え、以のように「僕は特別だ」とにすることもなくなっていた。私はからほっとしていた。
ところが、義父母が暮らしていた賃貸宅にち退きの話が持ちがった。
主がを別の用途に使いたいという。
齢になった義父母だけでしいまいを探すのは難しく、ちょうど私たちの帰国となったこともあり、夫は本社に通える所で古宅を購入し、緒に暮らすことを提案した。
私は迷った。
過の来事をえば、がないはずがない。
しかし義父母もを取り、以ほど引なことはしないだろう。
琢磨ももう幼児ではない。
そう考えた私は同居を受け入れた。
今えば、それが甘かった。
「琢磨はやっぱりすごいな」
再び同じで暮らし始めた途端、義父は昔と同じ言葉を繰り返した。
「でも成績が良かったんだろ」
「お父さんよりいい学へけるんじゃない?」
義母も嬉しそうに続ける。
美が学で賞を取っても「女の子は嬌があればいい」と流すのに、琢磨のテストが良ければ夕に好物を並べる。
最初のうち琢磨は苦笑していた。
「じいちゃん、そんなげさだよ」
私はその態度を見てしていた。
ところが学、と成するうち、しずつ変化が現れた。
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「美は俺よりが悪いから仕方ないよ」
「女なんだから、そこまで勉して何になるの」
冗談のような調で、妹を見す言葉をにするようになった。
夫が注すると、琢磨は表面は黙る。
しかし義父母はで慰める。
「おは本当のことを言っただけだ」
「正志よりずっと優秀になるんだから、自信を持て」
琢磨は流と呼ばれる学へ学し、その、企業へ就職した。
義父母はびだった。
特に、夫より難関と言われる学に入ったことを誇りにし、親戚にまで言い触らした。
その頃から、琢磨は父親に対しても骨にからものを言うようになった。
「父さんの代と今は違うから」
「俺の会社の方が規模はきいよな」
「じいちゃんたちも昔から言ってたけど、やっぱり俺の方が優秀だったな」
夫は相にしなかった。
けれど私は、そのたび胸が痛んだ。
親を追い越すこと自体は悪くない。
むしろ子供が成し、親よりくのものを得るならばしい。
けれど、琢磨にとっての「」は、を見すためのさだった。
そして、美への態度はさらに酷かった。
「おは母さんに甘やかされたからな」
「どうせした学にはけない」
「適当な男と結婚して終わりだろ」
美は言い返すこともあったが、次第に兄と顔をわせることを避けるようになった。
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のの空気は暗くなった。
夫と私は、琢磨に暮らしをさせようかと相談し始めた。
そんな頃、琢磨が突然「結婚する」と言いした。
相は2歳の真理亜。
父親は名商社の部だという。
初めて会った真理亜は、美しい顔ちの女性だった。
ただ、話を聞いていると妙な違があった。
働いた経験がほとんどなく、事もほぼしない。
「お掃除は専のがやった方が綺麗ですから」
「料理も、無理に自分で作らなくてもでべればいいですよね」
そう言って笑う。
正直、私とは価値観がまるで違った。
けれど琢磨本が満しているなら、私たちがをすことでもない。
結婚、は双方の親から援助を受け、かなり派なを建てた。
琢磨がをたことで、がにはようやく静けさが戻った。
その、美も学へ学した。
しかも偶然、琢磨と同じ学だった。
格の報告をした、話の向こうで琢磨はしばらく黙ったあと、
「嘘だろ」
とだけ言った。
祝福の言葉はなかった。
その頃から、兄妹の関係はほとんど切れた。
義父母は子供たちが成するに相次いでくなった。
が琢磨に残した「おは特別だ」という言葉だけが、本のに残った。
夫はある夜、ぽつりと言った。
「俺たち、どこで違えたんだろうな」
私は答えられなかった。
あの、もっとく義父母からすべきだったのか。
もっと厳しく叱るべきだったのか。
何度考えても答えはなかった。
そしてが流れ、私たちは夫婦になった。
これからは静かな老を過ごそう。
そう話していた矢先、夫が病に倒れた。
64歳。
まだやりたいこともたくさんあった。
そして夫の葬儀で、琢磨は私が像もしなかった言葉をにした。
その瞬から、私ので何かがしずつ切れ始めた。