"庭付き新居に押しかける長男夫婦、引越し当日に絶句" 第2話
「この子は特別なんだ」
私の名は田所美津子。62歳になった今、遺族を受け取りながら暮らしている。
夫の正志は私より3歳だったが、昨、64歳で病気のためくなった。100などと言われる代に、あまりにもい別れだった。
夫はいわゆる転勤族だった。
結婚した当、私は会社勤めをしていたが、夫の転勤にわせて退職した。その、妊治療を経て男の琢磨を授かり、数に女の美がまれた。
美を産したあと、私はひどく体調を崩した。
ちょうどその頃、夫に赴任の辞令がた。
本来なら族全員でついていくことも考えたが、私はの移に耐えられる状態ではなく、美もまださかった。
私はくに両親をくしており、実を頼ることもできない。
そこで夫の両親が暮らすに、しばらくを寄せることになった。
義父も義母も、それまでの私にはとても優しかった。
「美津子さんはうちの娘と同じだから」
義母は何度もそう言ってくれていたし、私もその言葉を信じていた。
ところが、実際に緒に暮らし始めると、しずつ違が見えてきた。
原因は琢磨だった。
義父母は初孫である琢磨を、それこそ目のに入れても痛くないほどがった。
がってくれること自体はありがたい。
夫がにいて寂しいいをしている息子の支えになってくれるなら、私はむしろ謝していた。
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けれど、のがり方はしずつき過ぎていった。
「琢磨は賢いなあ」
「こんなにのいい子は見たことがない」
「将来はお父さんより偉くなるかもしれないね」
最初は、祖父母ならそのくらい言うものだとっていた。
実際、琢磨は覚えがかった。
幼稚園に入る頃には簡単な文字を読むことができ、数字にもかった。絵本をの子に読んであげることもあり、周囲から褒められることはなくなかった。
ところが義父母は、「よくできる子」と「より特別な」を同じとして扱った。
「琢磨は田所の跡取りだからね」
「ほかの子とは違うんだよ」
「将来は派なになるんだから、くだらない子にわせる必なんかない」
5歳の子供に毎のようにそんなことを言えば、何が起こるか。
私はその結果を、幼稚園の先から教えられた。
「最、琢磨くんがお友達に『僕は特別だから、おたちとは違う』と言うことがありまして」
最初に聞いた、を疑った。
帰宅した琢磨を座らせ、私はできるだけ優しく尋ねた。
「琢磨、お友達にそんなことを言ったの?」
「言ったよ」
「どうして?」
「だって本当だから」
あまりに迷いのない答えに、私は言葉を失った。
「誰にそんなことを言われたの?」
「おじいちゃんとおばあちゃん」
琢磨は得そうに胸を張った。
「僕は田所の跡取りで、もいいし、偉いになるんだって。
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ほかの子とは違うんだよ」
私は背筋がたくなった。
「違わないわ。琢磨もお友達も同じ子供よ。勉ができることと、より偉いことは別なの」
「違う!」
「違わない」
しく言うと、琢磨の顔がくしゃりと歪んだ。
「お母さんは僕のこと嫌いなんだ!」
「そんなこと言ってないでしょう」
「おばあちゃんは僕を番事って言ってくれる!」
琢磨は泣きながら私のを振りほどき、義父母の部へっていった。
しばらくすると、義母が険しい顔で私のところへ来た。
「美津子さん、琢磨を泣かせたの?」
「し話をしただけです」
「まださい子なんだから、そんなに厳しくしなくてもいいでしょう」
私は事を説した。
すると義母は納得するどころか、首をかしげた。
「でも、あの子が特別なのは本当でしょう?」
その瞬、私は初めて気づいた。
義母たちは冗談で琢磨を持ちげていたのではない。
本気なのだ。
そして数、そのはさらにきくなった。
幼稚園で、琢磨がお友達を叩いた。
理由は、遊具の順番を注されたからだった。
「僕は並ばなくてもいいんだ」
そう言ったという。
私が琢磨を叱ると、今度は義父母が私を責めた。
「子供の腕をそんなにく掴むなんて、虐待じゃないのか」
私はを疑った。
傷つけた子より、注した私の方が悪い。
そんな考え方を、義父母はしもおかしいとっていなかった。
このままでは、本当に取り返しがつかなくなる。
そうじた私は、にいる夫へいをいた。
けれど、そのの私にはまだ分かっていなかった。
琢磨のに植え付けられた「自分は特別だ」という種が、像以にく根を張り始めていることを。