"「3月末に出ていけ」離婚を迫る夫が知らない真実" 第10話
冊の文庫本と覆された真実
「俺がいなきゃ何もできない、か」
玄関ホールの奥、リビングへと続く引き戸が静かにき、制姿の徹夜がゆっくりと歩みてきた。
の息子は、かつて父親に向けていた慮や怯えを完全に脱ぎ捨て、底えするような軽蔑の差しを秀哉に向けていた。
「父さんってさ、本当に母さんのこと、何つ見てなかったんだね」
「徹夜……! お、父親に向かって何てを利くんだ!」
「父親? どのが言ってんの? いっぱいで俺たちを追いして、しいガキと入れ替わろうとしてた奴がさ」
徹夜は制のブレザーのポケットにを突っ込み、冊の真しい文庫本を取りした。
「父さん、これ、ってる?」
秀哉の元へ、パサリと放り投げられた冊の本。
鮮やかな薔薇のイラストが描かれたカバーに、黄に輝く巨な帯が巻かれていた。
『シリーズ累計百万部突破! 本賞ノミネート&全世界同アニメ化決定!』 『ミセス・ローズの華麗なる事件簿 〜け教の主婦が暴く遺産争い〜』 『著:咲伊佐美(はなさき・いさみ)』
秀哉はその文庫本を見ろし、眉をひそめた。
「……なんだ、このらない説は。徹夜、おこんなに何をふざけて——」
その瞬、隣にっていた麻が、息が止まったような甲い鳴をげた。
「うそ……!? 『ミセス・ローズ』……!? これ、今ネットでもテレビでも番バズってるやつじゃない!」
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麻はに落ちた文庫本を拾いげ、震えるでページをめくった。
「私、原作全部読んでる! 主公の主婦が、専な法律の識と緻密な観察で、モラハラ夫や悪質な親族を完璧にやり込めるストーリー……来から波でゴールデンタイムのアニメ化も決まってて……えっ? 著者の名……咲、伊佐美……?」
麻の線が、文庫本の奥付から、目のにつ伊佐美の顔へと戦慄を帯びて移した。
「うそでしょ……? 咲伊佐美って……あなたなの……!?」
「ええ。私のペンネームよ」
伊佐美は静かに答えた。
「秀哉さんが単赴任にってから、私はけ教のパートのに、ずっと説を執して投稿サイトに載せていたの。それが数に版社の目に留まって籍化されてね。法律のトリックを正確にくために、私はこの数、民法も刑法も、事事件の判例集も何百冊と読み込んで勉したわ。お父さんの顧問弁護士である相楽先にも、法律監修としてずっとご協力をいただいていたのよ」
「な……に……?」
秀哉の顎がれそうにガクガクと震えた。
「説……? ヒット……? おが……?」
「母さんはね、父さんが単赴任先で若い女と遊んでる、自分の力でとっくに自してたんだよ」
徹夜が腕を組み、酷に言葉を叩きつけた。
「印税とコミカライズの原作料だけで、もう億単位の収入があるんだよ。
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アニメ化のライセンス料も入ってくる。母さんは、父さんの稼ぎになんかすがってきてない。父さんが『無能な専業主婦』って見して捨てたつもりだった母さんは、父さんの何倍も稼いでる気作なんだよ!」
「お、億……!? アニメ化……!?」
秀哉の細い目が限界まで剥きしになり、額に青筋が何本も浮きがった。
秀哉のので、卓が猛スピードで弾かれた。収千百万の商社マンとしての誇りなど、瞬で芥と化すほどの巨額の富。
「ま、待て……! 待て伊佐美!」
秀哉はに両をつき、いつくばるようにして伊佐美の元へと縋り付こうとした。
「その説をいたのは婚姻だろう!? なら、その印税もアニメ化のロイヤリティも、すべて夫婦の共財産だ! 民法、半分は僕のものになるはずだ! 財産分与をやり直そう! 僕にもそのを請求する権利がある!」
「権利?」
徹夜が秀哉の伸ばした腕を、靴の底で容赦なく払いのけた。
「さっき婚届、自分で受理確認しただろ? 今朝の点で婚は成してんだよ。母さんのこれからの印税も、アニメの契約も、ぜーんぶ母さん個の特財産だ。父さんには円も入らないよ。……本当に、バカなだね」
「ぎゃああああああああっ!!」
秀哉は自らの髪を両で引きちぎらんばかりに掻きむしり、理のに何度もを打ち付けて絶叫した。
自らが捨てた妻が、莫な富と社会栄をに入れた勝者であり、自分がに入れたとっていたものは、借とと隠し子だけだったという、取り返しのつかない絶対の絶望。
男の障りな狂乱の叫び声が、夕暮れの玄関にいつまでも響き渡っていた。