"「3月末に出ていけ」離婚を迫る夫が知らない真実" 第3話
揃いな塩結びと息子の決
のは釣瓶落としというが、あっというには暗黒のに包まれていた。 気もつけず、も入れず、伊佐美はソファの片隅で膝を抱えて直していた。
涙すらなかった。ただ、体の芯から急速にが奪われていくような寒気と、の自分のは何だったのかという虚無だけが、のを渦巻いていた。
夫の世を誇りにい、夫のを耐え忍び、自分を殺して庭に尽くしてきた。徹夜が学学になり、しがかからなくなった頃、何か社会との接点を持ちたいとパートを希望したことがあった。その、秀哉が放った言葉が今でもにこびりついている。
『パートにるのは勝だが、僕の同僚や司に恥をかかせるような仕事は選ぶなよ。スーパーのレジ打ちなんて論だ。君の趣の延で、しはに見えるものにしてくれ』
夫の世体を壊さないよう、伊佐美は昔取得していたけの師範資格をかし、週に、所のフラワーアレンジメント教でアシスタント講師のパートを始めた。は千円程度。夫の巨額な役員候補当に比べれば雀の涙だったが、それでも徒たちとをけ、謝されるは、自分が社会にしているとじられる唯の救いだった。
広告
しかし、そのささやかな誇りすらも、夫にとっては「円の稼ぎにもならない無能な専業主婦の楽」に過ぎなかったのだ。
ガチャリ、と玄関の鍵が回る音がした。
「ただいまー……って、うわ、真っ暗じゃん。母さん? いるの?」
部活帰りの徹夜が、きなスポーツバッグを肩にしてリビングに入ってきた。になり、最は声変わりしてしくなった息子の声。壁のスイッチが押され、パッといが部を満たした。
徹夜はリビングの異様な静けさと、ソファでさく丸まっている伊佐美の姿に目をとめ、すぐにテーブルのの緑の用に気づいた。
「……これ、婚届? 親父が来たの?」
伊佐美は顔をげることができなかった。けなくて、申し訳なくて、胸が張り裂けそうだった。
「ごめんね、徹夜……。お父さん、までに婚して、このをていけって……。お母さん、庭を守れなくて……あなたからお父さんを奪うことになっちゃって……」
絞りすような謝罪の言葉。しかし、徹夜は取り乱すことも、泣き叫ぶこともなかった。ただじっと婚届を見つめた、無言で踵を返して台所へと歩いていった。
(ああ……息子にも見放された。こんな惨めな母親、軽蔑されて当然だわ……)
絶望の淵に沈み、目を閉じた伊佐美のに、数分、ことりとい皿が置かれた。
「ほら。えよ」
見げると、徹夜がエプロンもつけず、し濡れたをズボンで拭きながらっていた。
広告
皿のには、判の苔も巻かれていない、揃いな角形をした巨なおにぎりがつ、湯気をてて転がっていた。
「腹減ってるとさ、ってロクなこと考えないんだってさ。テレビでやってた。とりあえずそれって、今は呂入って寝ろよ」
「徹夜……これ、あなたが……?」
「塩しか入ってねえけどな。いいからくえって。めちまうだろ」
徹夜は照れくさそうに顔を背けた。 伊佐美は震える両でおにぎりを持ちげた。まだい米粒の温もりが、え切っていたのひらから全へとじんわりと染み渡っていく。かじると、し塩がすぎる素朴ながいっぱいに広がった。
涙がポロポロとこぼれ落ち、おにぎりの表面を濡らした。
「おいしい……すごく、おいしいわ……」
「泣くなって。……母さん、俺は別に驚いてないよ。親父が単赴任してから、ずっとおかしかっただろ。話してきてもの話ばっかりで、母さんのことなんてこれっぽっちも見てなかった。あんなたいやつ、こっちから捨ててやればいいんだよ」
徹夜は力い瞳で、母親の顔をまっすぐに見つめた。
「俺は絶対に母さんの方だから。を追いされたっていいよ。で狭いアパートにめばいいじゃん。俺、バイトでも何でもして学費稼ぐからさ。だから、あんなやつの言いなりになって泣くなよ」
息子の言葉が、伊佐美のの奥底に眠っていた「母としてのさ」を呼び覚ました。
そうだ。泣いているではない。この優しい息子を、あの酷な男の毒から守らなければならない。踏みにじられたままで終わってたまるものか。
伊佐美はおにぎりを力く噛み締め、涙を拭った。