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"拾った財布で泥棒扱い――5万円の濡れ衣と反撃" 第3話

昼の糾弾と凍りつくオフィス

執務内の空気が、瞬にして凍りついた。

誰もがキーボードを打つを止め、呼吸すら忘れたように、入りに仁王ちする黒田美保と、静かにちがった森田咲のへと線を集させた。

「黒田主任……どうされたんですか?」

咲は努めてを交えず、普段の業務と変わらない落ち着いたトーンで問いかけた。

黒田はを踏み鳴らし、股で咲のデスクの真んまで詰め寄ってきた。その距はわずかセンチ。黒田の荒い息遣いと、いの匂いが咲の顔に吹きかかってくる。

「どうされたんですか、じゃないわよ! 私の財布、あなたが拾って受付で返したわよね!?」

「はい。先ほど、ビル管理員の桜井さんのち会いのもとでお返しいたしました」

「に入っていた万円がないのよ!」

キーンと鼓膜をつんざくような切り声が、吹き抜けの井にね返った。

「……え?」

「万円よ! 昨、のATMでろしたばかりのピン札枚! それが、今財布をけたら円も入っていないのよ! どういうことか説しなさいよ!」

黒田はにした財布のをガバッときく広げ、机のにバンと叩きつけるようにしてを晒した。仕切りのには数枚のポイントカードとレシートが挟まっているだけで、札入れのスペースは完全に空っぽだった。

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フロアにいた以の社員が斉に息を呑んだ。斜めろの席にいた田梨奈が青ざめた顔でちがりかけ、隣の島にいた男性係が困惑したように鏡のブリッジを押しげた。

咲は眉つかさず、静かに黒田の元を見据えた。

「万円、ですか」

「そうよ! とぼけないでよ! 財布を拾ってから私に返すまで、あなたののにあったんでしょうが! 拾ったのはあなたよね!?」

黒田の声はますますヒステリックに尖り、フロア全体を支配していった。

周囲の線が、針の筵のように咲の全に突き刺さる。

「おい、マジかよ……」 「森田さん、おに困ってたのか……?」

くの席から、ない声の囁きが咲のに届いた。は、の幸やスキャンダルをにした、客観な事実を確認するよりも先に、刺激な疑惑にびつくき物だ。頃から厳格に類の備を指摘してくる咲に対して、なからず鬱屈したを抱いていた部署の社員たちの目に、好奇と侮蔑のが混ざり始めていた。

斜めろから、田が震える声で助け舟をそうとした。

「あの、黒田主任……森田さんは、ビル管理の方と緒に受付で渡したんですよね? そんなことするはずが——」

だが、黒田はその言葉を遮るように、猛烈な勢いで田を睨みつけた。

「あんたは部者でしょ! を挟まないで! そので返せば何をしてもいいわけ!? 拾ったにこっそりを抜いて、何わぬ顔で『落とし物ですよ』って渡せば、善の親切な同僚を装えるじゃないの! そういう卑怯なよ!」

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田は怯えたように唇を噛み、座席に沈み込んだ。

黒田は完全にを掌握したと確信したのか、さらに歩踏み込み、元を醜く歪めて笑を浮かべた。そして、咲の最も触れられたくない私活の領域へ、で踏み込んできたのだ。

「森田さん。あなた、女つでお子さんを育てていて変なのは分かるわよ。お料だってそんなにくないし、活が苦しいんでしょうね。……だからってね、の財布からおを抜き取っていい理由にはならないのよ!」

その瞬、咲の胸の奥で、何かが静かに、完全に凍りついた。

自分への言いがかりならまだ耐えられた。だが、この女は、自分が命懸けで守り育てている娘の結のを引きいにし、シングルマザーであることを盗みのに仕てげて見せたのだ。

咲の瞳から、な揺らぎが完全に消えった。

周囲の社員たちは、咲が泣き崩れるか、あるいは取り乱して鳴り返すだろうと息を呑んで見守っていた。勢ので棒扱いされ、プライベートまで侮辱されたのだ。普通なら正気を保っていられない。

しかし、咲はの来事を鮮に記憶していた。

当、基幹システムの移トラブルによって売掛の消込データが狂い、咲が担当していた取引先への請求が発したことがあった。

咲は何度も「システムのログを確認してください」と訴えたが、当の司は勢ので咲の確認を激しく叱責した。週、システム発側のバグであることが判したが、司から咲への謝罪は、誰の目にも触れない会議の密で、さな声で告げられただけだった。

勢ので広まった疑惑の毒は、密の謝罪では決して消えない。

に叫び、涙を流して無実を訴えたところで、周囲のは「必に取り繕っている」としか受け取らないのだ。悪に満ちた声に対抗できるのは、の叫びではない。いかなる言い逃れも許さない、徹な客観記録だけだ。

「何か言いなさいよ! 黙ってるってことは、認めるのね!?」

勝利を確信したように見ろしてくる黒田に対し、咲はゆっくりと息を吸い込んだ。

「黒田主任」

「何よ!」

咲は切のを交えず、自分のデスクの番の引きしを静かにけた。

そして、引きしのに置かれていた、社名ロゴの入った形号のい封筒をに取った。迷いのない作で、その封筒を黒田の目の、デスクの板の央へと、トンと静かに置いた。

「……何よ、これ。おを返す気?」

黒田が眉をひそめた。咲は質問には答えず、封筒のを指先で示した。

「をご確認ください」

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