"7年伸ばした髪を妹に切られた日、婚約者まで笑った" 第9話
蔵庫の
福岡に来てかが過ぎたころ、母から封が届いた。には父の薬局の領収と、美緒の資格試験の案内が入っていた。添えられた便箋には「忙しいとうけど、これだけお願いできない?」といてある。私がいなければ続きがまないとい込んでいるのだろう。私は返信用の封筒に類を戻し、案内に印刷されている問いわせ先を赤いペンで囲んだ。
『お父さんの薬は本が薬局に確認してください。美緒の申込は本が記入するものです。私はもう代わりに続きしません』
投函するとき、しだけ指が震えた。族に頼まれたことを断るのは、仕事できな契約を断るより難しい。けれど、ここで度でも代わりにけば、また同じことが続く。私は封筒をポストに入れ、帰りに図館へ寄った。今夜は仕事の資料ではなく、以から読みたかった旅記を借りると決めていた。
実かられて初めて、料から何をし、何を残すかを自分のために計算した。族の臨の買い物や美緒の講座代をて替えることがなくなり、毎の貯蓄額はっていたより増えた。私はその部を旅用の座へ移した。まだき先は決めていない。けれど、そのおを使う目を誰かに説する必はなかった。
実では、父がそのを見て「たい娘になった」
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と吐き捨てた。母は言い返そうとして、言葉をみ込んだ。蔵庫に貼られた覧表には、父の通院も薬局の話番号も、美緒の試験の申し込み方法も、細かくかれていた。必なことを調べ、誰が見ても分かるように理したのは私だ。父がっているのは、報がないからではなく、誰かが代わりにいてくれないからだった。
その週末、母は美緒に申込の確認を頼んだ。美緒は「姉さんがいつもやってたじゃない」と言い、母は「今回は自分でやりなさい」と返した。類には顔写真の規格、実習先の証、本確認類の写しなど、細かな条件が並んでいた。美緒はつひとつ読むのを嫌がり、締め切りまで机のに放置した。翌朝になって証がりないと分かり、結局その回の試験には申し込めなかった。
「お姉ちゃんが最までやってくれればにったのに」
母はわず「それはあなたの試験でしょう」と声をげた。美緒は泣きながら部に閉じこもったが、父はいつものように母を責めなかった。蔵庫のを見れば、必な類も締め切りも全部いてある。母はその夜、私が何も使っていた帳を探しした。には父の受診予定、美緒の試験、の修理、母の健康診断が分けされていたが、私自の予定は端にさくかれていた。
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母はのページをき、ある記録でを止めた。『福岡異の返事。母の誕まで保留』『修と相談。末婚約のため辞退』。さらにのページには『学推薦の件、資料見つからず。先に謝罪』とあった。母はそのを見つめた。学の推薦という言葉を、母は初めて見た気がした。あの、私は卒業研究の発表にられず、泣き腫らした目で帰宅した。母は理由を聞く代わりに「いつまでも落ち込まないで」と言ったのだった。
福岡では、第期の実証試験が始まっていた。病院側の操作に慣れな職員が戸惑わないよう、私は画面の言葉を何度も修正した。瀬は「現で使うの目線にいですね」と言い、私は「私も分からないことを分からないと言える画面にしたいんです」と答えた。彼はその言葉を聞いてし笑い、「それなら、操作説会ので緒に確認しましょう」と言った。
説会が終わったあと、瀬は私のために温かいお茶を買ってきた。「甘いものの方がよかったですか」と聞かれ、私は「お茶が好きです」と答えた。自分の好みを尋ねられ、それに答える。何度繰り返しても、まだし慣れないやり取りだった。私はコップを両で包みながら、ここでならさな選択を積みねていけるかもしれないとった。