"7年伸ばした髪を妹に切られた日、婚約者まで笑った" 第5話
泣くまでの賭け
あとになって、族の会話は美緒の撮した映像と母のからった。あのの夕方、静岡の実では、私の帰りを待つために卓がめに片づけられていた。美緒は玄関に型カメラを隠し、ドアのには緑のスプレーを入れた袋を吊るしていた。帰ってきた私にかつらをかぶせ、驚いた顔を撮する。題名まで「った姉、で帰宅」と決めていた。母は度だけ「ほどほどにしなさい」と言ったが、撮材を片づけさせることはなかった。
を過ぎても私が戻らないので、修は「には帰る方に賭ける」と言い、美緒は「までを張る」と笑った。父は子供のころ私がをした話を持ちした。学の私が庭先まで荷物を運び、夕飯の匂いに負けて戻った来事だ。あのとき何が嫌でをたのか、父は覚えていなかった。族にとっては、私が戻ったことだけが笑い話として残っていた。
半、修のスマートフォンに私からの文が届いた。彼は封筒の写真を見て笑うのをやめ、卓に広げた。婚約解消の、会のキャンセル、指輪の返送予定。父は「仕事ももここにあるのに、どこへくつもりだ」と声を荒らげた。母が私の部をけると、机のには活管理の覧表だけがあり、クローゼットは空になっていた。
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翌朝、修は私の勤務先へった。受付ではすでに社員証の権限が変更され、私の席には別の担当者が座っていた。事担当者は個報を理由に詳しいき先を答えなかったが、私が福岡支社の規事業へ正式に異したことだけは確認できた。「昨の夜、急に決めたんじゃないのか」と修が聞くと、担当者は「本の承諾と引き継ぎは規定に沿って完しています」と答えた。
そのころ、美緒が投稿した髪切り画は、いがけない速さで広まっていた。最初の数は驚きの反応がかったが、やがて「嫌がっているの髪を勝に切るのは冗談ではない」「婚約者が泣くに賭けているのが怖い」というコメントが並び始めた。画には私の顔だけでなく、族の笑い声と修の賭けの発言がはっきり入っていた。
「どうして私だけ悪者になるの。みんな笑ってたじゃない」
美緒は慌てて投稿を削除したが、切り抜かれた映像はすでに別の所へ転載されていた。父は「誰が公していいと言った」とり、母は「だからやめなさいと言ったのに」と言い始めた。美緒はその言葉に反発し、スマートフォンの編集画面をいた。「お父さんもお母さんも修さんも、今までずっと面がってた。私に押しつけないでよ」
画面には未公の素材がいくつも保されていた。
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私がいの汚れに気づいて青ざめる面、探し物をして泣きそうになる面、族に笑われてを閉じる面。母はそこで初めて、私がどれほどい撮られていたのかをった。画の本には、髪を切る夜、美緒と修が卓で話している声も残っていた。
「本当にやって丈夫? お姉ちゃん、あの髪だけはるよ」
「だからだろ。も事にしてるんだから、半端に切ったらがない。根元からいけば、さすがに泣くだろ」
父が再を止めると、部の空気が変わった。修は「そんなつもりじゃなかった」と言ったが、録音のの彼ははっきり笑っていた。母は私が残した活管理表を握りしめたまま、修を見た。彼は偶然妹に答えを教えたのではない。私が番傷つく方法をり、わざわざ具体に教えていたのだ。
父は画の最初に戻し、私がはさみの音を聞いた瞬で止した。画面のの私は笑っていなかった。をけたまま、何が起きたのか分からない顔をしている。父はその表を見て、初めて「驚かせただけ」という言い訳が通らないことを理解した。目のにいた娘がどれほど怖かったか、父は度も考えなかったのだ。
美緒の編集画面には、画ごとに「分で泣く」「ってをきかない」「最は許す」といった名がついていた。
母はそれを見て、背筋がたくなった。私が嫌がる顔をするまで撮を続け、謝れば終わりにする。そういう順が、いつのにか族の遊びとして定着していた。