"夫の愛人を家に招いた義母、3日後の悲鳴" 第1話
丸の内の夜と25万円のエステ領収
京・丸の内の等にそびえつ、全面ガラス張りの超層オフィスビル。その最層階に位置する資系製薬会社のアジア統括本部では、夜にづいてもセントラル空調の気が唸りをげて吹きしていた。 フロアの最奥にあるエグゼクティブルーム。なウォールナットのデスクのに座る藤堂桜(とうどう・さくら・歳)の線は、型モニターを埋め尽くす半期決算の膨な数字に釘付けになっていた。
今で歳。完璧にセットされたボブヘアと仕ての良いダークネイビーのスーツでを包んでいても、磁の肌に落ちた濃い疲労のまでは隠しきれなかった。デスクの脇に置かれたアイスアメリカーノの氷はとっくに溶け果て、プラスチックカップの表面には結した滴が濁った輪を作っている。 数百億円規模の国際バイオベンチャー買収案件の最終承認に子署名を終えたその瞬、デスクので伏せられていたプライベート用スマートフォンが、ブーブーと吉な音で度震えた。
桜はすぐにはを伸ばさなかった。ペンチで眉を挟まれたような痛を堪えながら、ゆっくりと指先で画面をタップする。 画面に浮かびがっていたのは、彼女名義のメイン座に紐づけられたクレジットカードの利用速報通だった。
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『SMBCカード決済通:末尾7312番(族カード)/決済額:250,000円/利用先:座ヴィータ・プレステージアンチエイジングサロン』
数字の羅列を見つめながら、桜の瞳には驚きもりも湧かなかった。ただ、臓の奥がえ切ったのに沈んでいくような、鈍い諦めがあるだけだった。 この族カードは、義母である幸子(さちこ・歳)に「活費の買いし用」として渡したものだった。最初は所のスーパーで値引きシールが貼られた野菜や牛乳を決済していたカードが、いつのにかデパの級惣菜になり、階の化粧品売りになり、今や座のど真んで般な入社員の初任を瞬で溶かすエステの請求へと化していた。
画面を見つめたまま息を吐きすと、液晶が切り替わり、着信を告げるバイブレーションが掌を激しく揺さぶった。 表示された発信者名は【夫・拓也】。 桜は通話ボタンをスワイプし、スピーカーをに当てたまま、習慣のように元の別の契約をめくった。
「何? まだオフィスで仕事なんだけど」 『あ、桜? まだ会社にいたのかよ』 受話器の向こうから聞こえてくる夫・拓也(歳)の声には、特の焦燥と、それを覆い隠そうとする傲な被害者識が滲んでいた。 『なあ、今すぐかせる現、元にいくらある? うちの会社の座、今のサーバー代と注費の引き落としで完全にショートしちゃってさ。
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先方から「に振り込まないとシステム止める」って脅されてるんだよ。今すぐ百万……いや、最でも百万埋めてくれないと、来週予定してる規サービスのリリースが全部パーになるんだ!』
類をめくっていた桜の指が、ピタリと止まった。 乾いた質が、ピンと張り詰めた音をてる。 「……先、あなたの会社の座に百万振り込んだのが最だって、約束したはずよね」 桜の声は、氷点の静けさを保っていた。を交えず、徹なビジネスの論理で夫に対峙しようとする。 「拓也、あなたがちげたそのITプラットフォーム、今でもう目でしょ。創業に私がした千万円の資本に加えて、毎毎、底なし沼みたいに赤字を補填してきたおをわせたら、もう千万円を超えてるのよ。あなたの会社、こので度でも黒字をしたことがある? 件費や固定費のシミュレーション、経営者として度でも真剣に計算したことあるの?」
『おに何が分かるんだよッ!』 受話器の向こうで、拓也の声がヒステリックにねがった。痛いところを突かれたの、典型な逆だった。 『今のITベンチャーがどれだけ過酷な競争に晒されてるか、雇われののおに分かるわけないだろ! おみたいに、資のエアコンが効いた綺麗な個にふんぞり返って、毎当たりのように千万い収をもらってるとは違うんだよ! 俺が毎、の裏に汗かいて投資や取引先にげてるのは、誰のためだとってんだ!? 全部、俺たち族の将来のためだろうが!』
桜は奥歯を噛み締め、何も言わなかった。
反論する言葉はほどあったが、それをにしたところで、彼が次に繰りしてくる「いつもの」を完璧に予見できていたからだ。
『……おはいつもの話になると、そうやって俺を見して、容疑者を取り調べるみたいに酷に詰問するよな』 案の定、拓也の声は急激にトーンを落とし、湿り気を帯びたネチネチとしたみ言へと変わっていった。 『桜、おだって女だろ? 頼むから、血も涙もない血みたいな態度取るのやめてくれよ。毎仕事だ何だって言って、夜のやにならないと帰ってこない。事には指本触れない。それで何が妻だよ。うちの母さんが、毎おのために栄養バランス考えてご飯作って待っててくれてるのに、お、母さんにから「ありがとう」の言でも言ったことあるか? 俺は今、男として必にの危を乗り越えようとしてるのに、なんでそんなに青筋てて卓叩かれなきゃならないんだよ!』
――まただ。 胃の底から、苦い胃液がせりがってくるような覚。 結婚して。拓也が窮に陥るたびに使ってきた、巧妙で悪質なガスライティングの呪文。 妻としての役割を果たしていない、庭を顧みない血女だとなじり、妻側に罪悪を植え付けることで、自分が経済にも社会にも妻に完全寄しているという惨めな現実から目を背けさせる。
桜は目を閉じ、ズキズキと痛むこめかみを親指でく圧迫した。 「……分かったわ。今から会社の座に、百万送する」 『本当か!? さすが桜、してるよ!』 のひらを返したように弾む拓也の声。 「でも、これが本当に最よ。来の役員会までに、必ず事業計画と透な試算表をして」 『分かってるって! 今は母さんに、おが好きなすき焼き用のいい肉準備させとくからさ、く帰ってこいよ!』
プツリと通話が切れた。 受話器から流れる無質なツーツーという音を聞きながら、桜はモバイルバンキングのアプリをき、慣れたつきで百万円を送した。 画面に表示された『振込完』の文字。 のには何の波紋も起きなかった。ただ、骨の髄まで侵してくるような暗い疲労だけが、彼女の華奢な肩にくのしかかっていた。