"昭和46年、優勝した妻に夫が告げた「帰るな」" 第19話
かの約束
子たちはかの契約を正式に結んだ。代表者の欄には京子と澄子と子、の名が並んでいた。栗田は「皆さん、よく続けましたね」と言った。子は「続けるのはこれからです」と答えた。の経営が変われば条件も変わるし、会員が減ればまた考え直さなければならない。それでも、初めて会の名で予約表にがき込まれた。
青柳はに隣町の支へ移ることになった。最の教で、皆がさな束を渡した。彼は照れながら「僕がいなくても、急に達しようとせんでええですから」と言った。子は「先は最初、私の投げ方を直してくれましたね」と笑った。青柳は「今も直したいところはありますよ」と返し、皆が声をげて笑った。教では別の係員が全の説を担当することになり、子たちは自分たちだけでできない仕事をきちんと分けた。
信夫は会社でさな変化に気づいていた。鹿島が若い女性社員へ、親睦会の準備を伝うよう当たりの顔で頼んでいる。以なら信夫も何もわなかっただろう。しかし社員本には、ほかの業務があり、残業の予定もある。信夫は「まず都を聞いてから頼め」と鹿島に言った。鹿島は驚き、すぐに「そうですね」とうなずいた。げさな改革ではない。けれど信夫にとっては、いつも自分の都が先にあるとい込んでいたことを改めるさな歩だった。
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由美は商業の先の紹介で、さな印刷会社を見学した。仕事のには文字組みや印刷の準備もあり、いきなり自分の絵を描けるわけではない。けれど先輩の女性が「最初は覚えることばかり。でも夜の学へ通いながら働いてるもいるよ」と教えてくれた。由美はへ帰り、学で習ったことと印刷所で見た作業を枚のに並べた。母が教を始めるに料表をいたのと同じように、自分のも数字とで考えられるようになっていた。
子は久しぶりに自宅へ戻り、居の戸棚をけた。トロフィーはまだ仏壇の脇に置かれていた。あのから何かも経っているのに、はほとんど変わっていない。信夫が「どこへ飾る」と聞くと、子はし考えた。「教へ持っていこうかな。皆が見たがってるし」。信夫は「そうやな」と言った。以なら、のに置いておきたいと反対したかもしれない。
由美が学費を払うためにアルバイトを増やそうとすると、信夫は「学の成績を落とすほど働かんでええ」と言った。以なら、へ入れるの額だけで話を決めただろう。子は娘の絵を何枚も見てきたから、勉のも必だとっていた。「まず、学を卒業するまでにどこまで準備できるか考えよう」と提案した。由美はを見比べ、「お父ちゃんもお母ちゃんも、ようやく私の話を聞いてくれるようになったんやね」
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と言った。夫婦はし照れ、目をわせた。
その夜、で夕飯をべた。信夫は根の煮物をつくり、子は焼き魚を用した。由美は卓を拭きながら、「今は誰の担当なん」と笑った。信夫は「決めてへん。できるがやった」と答えた。子はわず「それではまた、私が全部やることになるで」と返した。は笑ったが、信夫は「ほな、曜で決めとこか」と言った。笑いながらでも、決めておかなければ元に戻ることがあるのをったのである。
子はすぐにへ戻るとは言わなかった。桂子のにはまだ寝具があり、教で使うや靴も預けたままだった。夫と顔をわせていられるが増えたことは嬉しいが、鳴られても黙っていた頃の自分へは戻りたくない。信夫も急かさなかった。子が戻ることと、戻ってからどう暮らすかは、別々に考える必があった。
数、桂子は子へ言った。「ここへ来てから、あんたの鞄がずいぶんうなったね」。初めは数枚のしか入っていなかった鞄には、会の規則、名簿、予約表、練習の記録が増えていた。子は笑って「持って帰るは、台がるかもしれん」と答えた。桂子は「運ぶのは伝う。でも、く先は自分で決めや」と言った。