"昭和46年、優勝した妻に夫が告げた「帰るな」" 第11話
娘が選んだ
の末、信夫は会社から帰ると卓に見慣れない封筒を見つけた。阪内のデザイン専学の案内だった。由美が説を始めるよりく、父は「おには商業の先が紹介してくれる勤め先があるやろ」と言った。由美はで、就職先を決めるにはまだがあった。それでも信夫のでは、娘の将来はずっとから決まっていた。
「就職せえへんとは言ってない。昼は働いて、夜に通える学もあるねん」
「夜に若い女がを歩くなんて、危ないやろ」
「危ないかどうか、学を見てから決めたい」
信夫は返事を急がなかった。子なら娘に甘くして、何でも好きにさせるだろうと考えていた。由美は母の名をさず、「父ちゃんも緒に見に来て」と言った。それが信夫にはかえって難しかった。仕事で疲れ、やっと帰った卓で、らないのらない学の話をされたのである。
翌、信夫は同僚の鹿島から夜学の評判を聞いた。鹿島の弟が印刷会社で働きながら通っているという。「今は商売でも図案のできるがります。お嬢さんに向いてるかもしれません」。信夫はつい「女が絵を描いてべられるか」と言ってしまった。鹿島はそうな顔をした。「榎本さんの会社の案内も、誰かが描いてますよ」。信夫は答えられなかった。
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子はその頃、教の参加者たちと次のの料を決めていた。初枝は夜勤の週に来られるを増やしてほしいと頼み、澄子は会計の伝いを正式に引き受けた。会費を払うと伝いで補うとを分ける作業は、ったより細かい。子は計簿を何冊もつけてきたのに、今度はのを預かるのだと気づいた。
由美は学へく夜、作品を呂敷に包み直していた。昔の商の板を写して描いた絵、品の包みを考えた図案、をねたさなポスター。どれも母に見せたことのあるものばかりだったが、並べると今までと違って見えた。子は「好きなことを仕事にするいうのは、こういう物を何枚もつくることなんやね」と言った。由美は「好きなだけでは通らんのは分かってる」と返し、最の枚を慎にねた。
曜、子は由美に誘われてデザイン学の見学へった。掲示板には徒が描いた包装や商の広告が貼られていた。子は字のきさより、見やすい位置に驚いた。「ボウリング教の案内も、もっとくから読めるようにしたいな」。由美は笑い、「母ちゃん、どこ見に来てるん」と言った。教員の説では、夜の授業料と教材費をわせると、簡単に払える額ではなかった。
帰りので由美が「母ちゃんはお父ちゃんとれるん」
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と尋ねた。子は吊革につかまりながら、すぐには答えなかった。「この先どうなるかは、まだ分からへん。ただ、帰ったら全部なかったことになるのは嫌やねん」。由美は窓に映る母の顔を見ていた。母がをたことで台所の仕事は増え、父は嫌が悪くなった。しかし母の顔は、にいた頃よりしるく見えた。
その夜、信夫は学案内のから授業をいたを取りした。由美が寝た、図を広げて駅から学までのを確かめる。娘に見学を断っていたのは、自分がらない所へまれるのが怖かったからだとった。翌朝、信夫は由美へ言った。「次の休み、学へ緒にこか。ただし、費用の計算はおもするんや」。由美は驚いた、台所から使いかけの封筒を持ってきた。学費をしずつ貯めた記録が、すでにき込まれていた。