"昭和46年、優勝した妻に夫が告げた「帰るな」" 第8話
先の点数
子は回目の教で、青柳に自分の投げ方を見てもらった。力が入ると肩が先に落ち、球がったより内側へ入る。会で勝ったの覚をいそうとしても、練習では同じようにはならない。「優勝は回の結果です。毎回あれをせるは、ほとんどいません」。青柳の言葉はたくなく、かえってできた。
参加者のでは、澄子がな達を見せていた。品でを扱ってきたため、首の角度が定しているという。京子は勢いよく球を投げるが、狙いが定まらない。たみは見学しながら皆に声をかけ、次の順番をらせる役を引き受けた。子が番楽しみにしていたのは、最の分にずつ自分の目標を決めてもらうことだった。
「今は、溝に落とさず回転がせたら分です」
「私は本でもええから狙って倒したい」
勝つためではない目標が次々にた。子はにいて貼り、達成したにはさな丸をつけた。の常連の若者がそれを見て「まるで学やな」と笑った。子は「せやから教です」と答えた。初はげだった初枝も、へ戻るの投で本倒し、度もを振って帰っていった。
ところが、回目の練習の終わり、見学に来た別のボウリングの指導者から子へいがけない言葉がかかった。
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「徒さんには丁寧やけど、ご自のフォームは直した方がええですよ」。の男にそう言われ、子はしむっとした。その夜、桂子のへ戻ってから娘に話すと、由美は「ほんまなら直したらええやん」と言った。「優勝したに言うことやないで」と子は返したが、言いながら自分の頑固さが夫によく似ているとった。
子は帰り、ガラス戸に映った自分の姿を眺めていた。いつも台所では、料理の仕方を娘へ教えるに「こうするもんや」と言い切っていた。それなのに娘が別のやり方を試すと、ついを挟んでしまう。の指導者に教わることを嫌がった理由は、夫と同じように、自分の領分を取られるのが怖かったからかもしれない。翌朝、由美へ話して「昨は偉そうに言うてごめん」と告げた。由美は「なに急に」と笑ったが、子にはその軽い返事がありがたかった。
次の週、子は青柳に頼み、自分のフォームをから教わった。参加者が見ているで球を溝へ落としたには、顔が真っ赤になった。京子が「先も失敗するんや」と笑うと、子も「そらするわ。毎失敗ばかりやで」と返した。がやわらいだ。その、教では「うまいでも教わる」ことが自然になった。
同じ頃、業の貸切会の準備がんでいた。信夫は鹿島に、婦教の名を勝に使わないよう厳しく命じた。
しかし会社の企画そのものをやめる理由はなく、栗田と相談した結果、曜夕方にだけ借りることになった。信夫は自分が妻の邪魔をした結果、会社の会決定まで混乱させたことを課へ報告した。課は「庭のことで業務に支障をすな」と言だけ返した。
その週末、会社の練習会で信夫も球を持った。最初の投は本。次は溝。鹿島が「奥さんに習うたらいのに」と笑い、信夫は「余計なお世話や」と返した。だが翌、首が痛んだ。回投げただけで、妻が何週も準備していた教を「遊び」と決めつけた自分の言葉が、妙にに残った。