"昭和46年、優勝した妻に夫が告げた「帰るな」" 第3話
ではりない
子が最初につくった案内には、「初めての方歓迎、曜午、体験回」とだけいた。料の欄は空けてあった。桂子に見せると、「いちばん事なことをかんと、誰も申し込めへん」と笑われた。自分も初めて料を受け取る側になるのだとい、子は鉛で数字を入れた。靴の貸し代まで考えると、参加者がないは赤字になる。
印刷を借りるが惜しくて、由美が学で使ったガリ版の余りを持ってきた。曜の午、桂子のの隅でが案内を作った。由美はさなピンの絵を描き、桂子は「男のの許しはいりません」とこうとして、子に止められた。「そんなけんか腰の教にしたないねん。来る理由は、それぞれでええ」。桂子は消しゴムで文字を消し、「球をまっすぐ転がしたい方へ」とき直した。
最初に申し込んだのは、百の妻の田京子だった。歳で、では客にきな声をせるのに、ボウリングへで入るのは恥ずかしいという。その次は品で働く歳の澄子、印刷に勤める歳の島初枝だった。初枝だけは曜午には来られない。「遅番の週なら朝がええんやけど」。子は名の横にさく「わず」といた。初めからがれてしまったことが気になった。
広告
で申し込みはになった。好調だとったのも束の、が取り消した。族に反対されたというと、医者から膝を休ませるよう言われたである。子は直接説得しなかった。無理に来させてけがをさせたら、誰のための教か分からない。それでもでは会費を払えない。栗田から話がかかり、「末までに集まらなければ予約はに」とを押された。
曜の昼、信夫は戸棚からトロフィーをした。取っをつかんで机に置き、「こんな物でを空けるほど偉くなったんか」と子に言うつもりで、桂子のへかけた。だが先では子が客の髪を掃いていた。桂子の仕事が終わるまで伝っていたのである。子は夫に気づくと、箒をてかけた。「話ならで聞きます」。信夫はトロフィーを突きした。「持って帰れ」。子は受け取ったが、すぐ脇の棚へ置いた。
「へ帰ってこい。弁当のことでいつまでを張る」
「弁当だけの話やないでしょう」
「おが遊びにくのを止めただけや」
「教える仕事を、始められるかもしれへんの。まだ決まってないけど、私はそれをやってみたい」
信夫は妻が「仕事」と言ったことに腹をてた。「様からを取るほどの腕か」と言いかけ、トロフィーを見た。勝ったことは事実だった。だから余計に腹たしかった。
広告
子は「うまいを育てるに、嫌がらずに球を持てるを増やしたい」と続けたが、信夫は聞かなかった。
夜、由美が桂子のに分の申込を届けた。そのに枚、名だけがかれたがあった。信夫の会社で伝票理をしている若い女性、森節子だった。由美は言った。「節子さん、お父ちゃんに見つかったら会社で変なこと言われるかもしれんって」。子はを表に返した。裏にはさな字で「昼休み以に遊ぶを持ったことがありません」といてあった。
子は申込を机に並べ直した。曜の昼に来られるだけの教でいいのか。できることと、やりたいことの差が、のではっきり見えた。桂子は急須を置き、「あんたは、集めるより先に何をやる所か決めなあかん」と言った。子はその夜、初めて教の約束事をからき始めた。