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"俺を睨む「氷の女」が、双子の前で笑った日" 第8話

踏みとどまる境界線

ファミレスでの夜がけてからも、オフィスの常は何事もなかったかのように流れていた。

午、公平のパソコンのメーラーがく着信を告げる。

『提された経費精算伝票について。会議費の席者リストに名分の社名記載漏れがあります。規程に沿って追記の、再提願います。経理課・桐』

定規で引いたように無質で、切の私を差し挟まない文面。昨夜、子供たちので優しく目を細め、折りの順を教えていた女性と同物からのメールとは、とてもえなかった。

公平は苦笑しながら、すぐに修正して再送した。

職では徹底して職の顔を保つ。それが桐エリカというプロフェッショナルの矜持なのだろう。その姿勢を尊敬すると同に、公平の胸には夜から燻り続けていた違と罪悪が、を追うごとに輪郭を濃くしていった。

りこが「うさぎの刺繍がいい」とさな声で呟いた瞬の景が、仕事もふとした拍子に脳裏をよぎる。あの内気な娘が、まれて初めて自分の欲しいものをに伝えた。その事実には今でも胸がくなる。だが、だからこそ、公平はち止まらなければならなかった。

エリカは親のいない施設で育ち、周囲の善に支えられて自した。その恩を返すために、今も休はボランティアに汗を流し、銭を切ってランドセルを寄付している。

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そんな尊い志を持ってきている女性の貴なプライベートを、提げ袋の縫製や平の夕の付きいでこれ以奪ってしまっていいはずがない。

「俺は、甘えすぎている」

昼休みの。れのを浴びながら、公平は自販の缶コーヒーを握りしめた。

自分は親代わりとして、妹の遺児をで育てげると誓ったはずだ。それが、ちょっとした優しさに縋りつき、都よくの温もりに頼ろうとしているのではないか。しかも相は、同じ会社で働く同僚なのだ。万がにも社内で良からぬ噂がてば、エリカの築きげてきたキャリアに傷がつく。

これ以、線を越えてはならない。公平は自らの胸にそうく言い聞かせた。

決を胸に秘めたそのの夕方。退勤刻を過ぎ、暗くなった棟の連絡通で、偶然にもバインダーを抱えて歩いてくるエリカの姿を見かけた。

周囲には誰もいない。今を逃せば、また曖昧なまま常が続いてしまう。

「……桐さん」

公平が呼び止めると、エリカはを止め、振り返った。夕暮れの淡いが、彼女の切れの瞳を静かに照らしす。

「伊吹君。どうしたの?」

「あの、先の提げ袋の件なんですが……」

公平は喉の奥に引っかかる言葉を、無理やり押しした。

「お気持ちだけいただきます。無理に縫っていただく必はありません。

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子供たちには、週末に量販で販のものを買い与えます。これまでも分すぎるほど良くしていただきました。これ以、桐さんの貴なおを奪うわけにはいきませんから」

自分では、最限の礼儀と謝を込めたつもりだった。

だが、エリカの反応は公平の予とはまったく違っていた。

エリカの瞳が、驚愕に見かれた。胸元に抱えたバインダーをぎゅっと抱き直す。その細い指先が、微かにくなるほど力が入っていた。

りでも、落胆でもない。まるで、信じていた所からに突き落とされたかのような、い傷を負った差しだった。

「……そう」

沈黙の、エリカのから零れたのは、凍りつくようなたい言だけだった。

「わかったわ」

カツン、と乾いたヒールの音が通に響いた。エリカは度も振り返ることなく、に歩きっていった。

取り残された公平は、夕が迫る窓辺にち尽くしていた。

これで良かったのだ。彼女のを守り、お互いのを守った。正しいの判断だったはずだ。それなのに、胸の奥底をたい刃物で抉られたような痛みが、いつまでも消えってはくれなかった。

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