"俺を睨む「氷の女」が、双子の前で笑った日" 第5話
夕暮れの告と氷の融解
週がけた曜の夕方。
退社のチャイムが鳴り響くと同にオフィスをた公平は、に社員用駐へと向かっていた。
空はい茜からのグラデーションへと移り変わり、傾いたの夕が、アスファルトのにめられたの列を黄に染めげている。はしたかったが、昼の張り詰めたオフィスの空気から解放された堵が、胸の奥を満たしていた。
自分の軽自に向かって歩いていた公平は、数メートル先の方にち止まっているに気づき、わず息を呑んだ。
桐エリカだった。
のドアのにち、鍵をにしたまま、夕を浴びて静かに佇んでいた。
逃げるわけにはいかなかった。通は本しかない。公平はを決し、のまま彼女の横を通り過ぎようとした。曜のあの気まずい遭遇が、まだ空気のどこかに澱のように沈んでいる。
「……あの、桐さん。お疲れ様です」
通り過ぎざま、公平は線をわせずにさくをげた。
「曜は……ちゃんとしたご挨拶もできずに失礼しました」
途半端な社交辞令。それだけでにちるつもりだった。
だが、エリカの凛とした声が、夕暮れの駐に静かに響いた。
「伊吹君」
公平のが止まった。振り返ると、エリカはこちらを見つめていた。
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いつもの職の鋭い差しではない。夕のを瞳に反射させながら、何かを確かめるような、静かでい目をしていた。
「……お子さん、いるの?」
唐突な質問だった。
「はい」と答えてそのままちることもできた。社内のには、庭の事を詳しく話したことはない。独の自分が姪を育てているなどと説すれば、余計な同や詮索を招くだけだとって隠してきたのだ。
しかし、なぜだろうか。夕暮れのので真っ直ぐに自分を見つめるエリカの瞳をにして、公平のからは、ってもみなかった言葉が自然と零れ落ちていた。
「……姪なんです」
エリカが、微かに目を見張った。
「、妹が事故でくなりまして。夫もいなかったので、俺が引き取って育てているんです。もうすぐ学になるので、その……ランドセルを買いにっていたんです」
なぜ、こんな個な事を、職で番苦なはずの相に話してしまったのか。言ったで、公平自が驚いていた。
エリカは何も言わなかった。ただ、細い指先での鍵を握り締めながら、じっと公平の言葉のみを受け止めるように、沈黙を守っていた。
やがて、エリカのい唇が、ふっと柔らかく緩んだ。
「そうだったんだ」
それは、公平がこの会社に入社して以来、度たりとも見たことのない表だった。
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眉の険しさが完全に抜け落ち、目元が優しく細められ、唇の端に温かい笑みが浮かんでいる。まるで、頑丈な氷の鎧をに纏っていた戦士が、初めてその甲冑を脱ぎ捨てたかのような、息を呑むほど美しい素顔だった。
「いいお兄さんだね。……ううん、いいお父さんだ」
公平は呆然とその顔を見つめてしまった。
「あ……あの、桐さんは……お子さん、いらっしゃるんですか? 曜、ランドセルをたくさん見ておられたので」
尋ねてから、失礼だったかと悔した。しかし、エリカは気にした様子もなく、クスリとさく笑った。
「私? 私には子供はいないよ。独だしね」
「じゃあ、あのランドセルは……?」
エリカは線をしく、夕焼けの空へと向けた。
「毎ね、あそこの売りから、内の児童養護施設にランドセルを寄付しているの。男の子用と、女の子用。今で回目になるかな」
「寄付……ですか?」
「私自がね、施設育ちなの」
淡々とした、何の衒いもない声だった。
「親の顔もらずに施設で育って、をて、奨学でをて就職した。周りのたちや、見らぬたちの善の寄付のおかげで、私は今、こうしてできていけてる。だから……恩返し。自分がしてもらったことを、次の子供たちに返しているだけよ」
夕が吹き抜け、エリカの黒髪が微かに揺れた。
社内で誰もが恐れる「氷の女」
。円のミスも許さず、け容赦なく類を突き返す酷な経理主任。
その彼女が、休に自腹で何万円ものランドセルを買い、親のいない子供たちのために送り届けていた。
「そう……だったんですか」
公平の喉からたのは、それだけだった。自分の無と、勝な偏見が恥ずかしくて、顔からがるようだった。
「余計なことを聞いて、すみませんでした」
「ううん。話せてよかった」
エリカはのドアをけ、乗り込むに、もう度だけ公平を振り返った。
「また、会社でね。伊吹君」
滑らかにりっていくエリカのいセダンを、公平は夕が迫る駐にち尽くしたまま、ただ呆然と見送り続けていた。
胸の奥にあった何かが、音をてて溶けしていくのを、確かにじていた。