"俺を睨む「氷の女」が、双子の前で笑った日" 第3話
経理課の「氷の女」
双子を引き取った翌、公平は残業がなく、急な護休暇の取りやすい現の堅専商社へと転職した。
子育てと両できる環境を最優先に選んだ職だった。同僚たちは皆温で、定で慌ただしく退社する公平の事を察し、詮索することなく温かく送りしてくれた。仕事の領もすぐに掴み、関係にも恵まれた。
ただ、どうしても距の測り方が分からない物を除いては。
経理課の主任、桐エリカ(きりたに えりか)。
公平がその名と顔を確に認識したのは、入社して半が過ぎた頃、社内メールに届いた通の械な通だった。
『提された先分の交通費精算について。添付領収の付と張申請の付に分の齟齬があります。社内規程第条に基づき差し戻します。本に再提してください。経理課・桐』
候の挨拶も、お疲れ様ですの言もない。ただ徹に事実と求だけが並べられた、剃刀のように鋭利な文面だった。
桐エリカのは、フロア全体でらぬ者がいなかった。
齢は公平と同じ代半。胸元まで届く艶やかな黒髪をハーフアップにまとめ、常に定規を当てたように背筋を伸ばして歩く。派な化粧は切せず、清潔だが無駄のないタイトスカートとブラウスをに纏っている。
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った目ちはモデルのように美しいが、そのい唇が緩んだところを、社内の誰も見たことがなかった。
類の備には円単位のミスも許さず、営業部クラスのが笑いを浮かべて修正を頼み込んでも、「規程ですので」の言でややかに突っぱねる。社内では誰が言い始めたのか、彼女のことをで「経理課の氷の女」と呼んでいた。
公平が彼女と初めて直接すれ違ったのは、あるのの夕方のことだった。
部署へ回覧類を届けようと廊を歩いていた公平の正面から、バインダーを抱えたエリカが歩いてきた。コツ、コツ、と静まり返った廊に、彼女のヒールの音だけがたく響いている。
すれ違いざま、公平は会釈をしようと軽くをげた。
その瞬だった。
エリカの涼な瞳が、すっと公平の顔を正面から捉えた。目を逸らすこともなく、射抜くようない差し。それは単なる線の交差というよりも、まるで相のの奥底にある隠し事を見透かそうとするかのような、厳しく鋭いを帯びていた。
息が詰まるような秒。すれ違った、公平の背筋にたい汗が流れた。
(……また睨まれた)
公平はのでさく呟いた。
当たりなど何もない。経費精算のミスはあの差し戻しの度きりだし、業務で彼女とトラブルを起こした覚えもなかった。
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それなのに、廊ですれ違うたび、湯で見かけるたび、エリカはいつもあの凍りつくようなたい線を真っ直ぐに公平へと突き刺してくるのだ。
「桐さんって、伊吹さんのこと苦なんですかね?」
以、輩の営業マンが湯でそんな噂話をしてきたことがあった。
「いや、俺だけじゃないだろ。あのは誰に対してもあんなじじゃないか」
「いやー、伊吹さんを見るの目の鋭さは別格ですよ。なんかこう、親の仇でも見てるみたいな顔してますもん。伊吹さん、昔あのに何かしたんじゃないですか?」
「するわけないだろ。途採用で入ってきて、仕事以の会話なんて度もしたことないよ」
公平は笑って受け流したが、内では気が悪かった。あの鋭い差しに射抜かれるたび、自分の平穏な常に何かしらの暗がち込めるのではないかと、本能な警戒が働いていた。
できることなら、極力関わりたくない。業務の最限のやり取りだけで済ませたい。
公平にとって、桐エリカという女性は、職ので最もざけておくべき「危険な氷」そのものだった。
まさかその氷の奥底に、自分と同じ種類の孤独と痛みが隠されているなど、このの公平はほども像していなかった。