"俺を睨む「氷の女」が、双子の前で笑った日" 第1話
たい朝のキャラ弁
午分。暗いキッチンの換気扇が、く単調な唸り声をげている。
伊吹公平(いぶき こうへい)、歳。く刈り込んだ黒髪に、えすぎていない自然な眉。目元には々の激務と眠による隠しきれない隈が沈んでいるが、まな板に向かうその背筋は微も揺れていなかった。
カツ、カツ、カツ、と気よい包丁の音が、静まり返った団のに規則正しく響く。
まな板のにあるのは、赤ウインナー、卵焼き、そして茹でたブロッコリーと参。公平はピンセットのような細い調理用トングを器用に操り、く切った蒲鉾からさな兎のをくり抜いていた。焼き苔を専用のパンチで細かく丸く打ち抜き、爪楊枝の先でマヨネーズを微量につけ、ピンセットで苔の黒目を貼り付けていく。
毎朝分。それが、公平が双子の娘たちのために費やす「キャラ弁」の製作だった。
引き取ったばかりの、料理などろくにできなかった公平が作った弁当は、茶の見るも無残なものだった。ウサギの形に切ろうとした蒲鉾は千切れ、オムレツは真っ黒に焦げた。だが、ある、保育園の連絡帳に「お友達のいお弁当をじっと見ていました」とかれているのを読んだ夜、公平は夜ので幼児向けのお弁当レシピ本を冊買い込み、寝るを惜しんで練習をねたのだ。
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今では型抜きを使わずとも、無識に指先がくようになっていた。
「パパ、今のおかず何ー?」
バタバタと素で廊を駆けてくる音とともに、キッチンへび込んできたのは姉のもこだった。
来のには学にがる歳。寝癖のついた柔らかい茶髪を揺らし、好奇に満ちたきな瞳をキラキラと輝かせている。
「まだ見ちゃダメだ。蓋を閉めるまでのお楽しみ」
「えー、見たい! 卵焼き、甘いやつ?」
「甘いやつだよ。ほら、顔洗っておいで」
公平が軽くもこのを撫でると、彼女は満そうに洗面所へと駆けていった。その入れ替わりに、音もなく静かにキッチンへ入ってきたのが、妹のりこだった。
もことまったく同じ目ち、同じ輪郭。しかし、纏っている空気はまるで違っていた。りこは眠たげな目を擦りながら、子の端にちょこんと腰をろし、公平が皿に取り分けておいた輪の磯辺揚げの端を、歯でさくだけかじった。を確かめるように、ゆっくりと、静かに咀嚼する。
「りこ、おはよう。よく眠れたか?」
公平が目線をわせて尋ねると、りこは声をさず、ただコクンとさく度だけ頷いた。
「りこ、今のピーマン、さく刻んでウインナーに混ぜてあるからな。残したらダメだぞ」
りこは線を落とし、数秒の沈黙の、やはり声をさずにさく頷いた。
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もこなら「えー、ピーマン苦いからヤダ!」と度は必ず抗議の声をげる。しかし、りこは抵抗しない。文句も言わなければ、が儘も言わない。「うん」「ありがとう」、あるいは完全な無言の頷きだけで、抵のを胸の奥にしまい込んでしまう。
そのしさが、公平には折、胸を締め付けられるほど痛々しかった。
双子の母親——公平ののれた妹であるさやが事故でくなったのは、がまだ歳になったばかりの頃だった。物がつくの別れだったはずなのに、りこはどこかで「自分は儘を言ってはいけない」と悟ってしまっているかのように見えた。
「よし、できたぞ。とも、朝ごはんべよう」
つのさな弁当箱の蓋をパチンと閉め、く焼き魚と噌汁を並べる。もこがスプーンを鳴らしながら賑やかにべ、りこが静かに箸をめる。つの異なるが流れる卓を眺めながら、公平は急いで自分の分の飯をかき込んだ。
朝の保育園への送り届けは、まるで戦だった。
の靴を履かせ、通園バッグを持たせ、自転の部と部のチャイルドシートに乗せてペダルを漕ぐ。保育園の玄関で先に引き渡し、タイムカードを押すように駅へり、満員に揺られて会社へと滑り込む。
ぶように過ぎる。営業事務としての類作成や取引先との話応対を械のようにこなし、夕方半の定を迎えると、公平は机のをのさで片付けた。
「伊吹さん、お疲れ様です! 今夜、駅の居酒で課のみ会あるんですけど、どうすか? 今こそ来てくださいよ」
オフィスの入りで、輩の営業マンが親しげに声をかけてきた。
「悪いな、今も予定があって」
「えー、また予定っすか? 伊吹さん、ここ数ヶいっつも断ってるじゃないですか。毎週何があるんですか? ……あ、もしかして、彼女でもできたんですか?」
輩がからかうように笑いかけてくる。公平は鞄の持ちを握り直し、苦笑いを浮かべた。
「はは、それはないよ。本当にの用事なんだ。ごめん、また今度な」
にオフィスを抜けし、駅へと向かう。
夕暮れのをりながら、公平はのでさくため息をついた。
彼女どころではない。今の公平のには、双子の命と活を守ることで杯で、自分の私活や恋汰を挟み込む余など、ミリたりともしなかった。
妹のさやが逝ってから。
「さや……俺、父親代わりをちゃんとやれてるかな」
駅のホームの喧騒の、夕焼けに染まるの空を見げながら、公平は誰にも聞こえない声でそっと呟いた。