"離婚翌日に6億円当選、実家で弟に「居場所はない」と拒絶された私" 第11話
自分の部
物置の理が段落した夜、健太と私はへ並んで座った。
荷物が減った部は、っていたより広かった。
「このに姉ちゃんの居所はない」
健太が突然、あのの言葉を繰り返した。
私は横を見た。
弟は気まずそうにをかいている。
「あれは本当に悪かった」
私は首を振った。
「でも、あの言葉、私には必だったかもしれない」
「必?」
「うん」
私は井を見た。
「私、本気でってたの。婚したら実へ帰ればいいって」
、夫との活が苦しくなるたび、のどこかで実を逃げにしていた。
両親がいて、昔の部があって、母が事を作ってくれる。何歳になっても戻れば娘として受け入れてもらえる。
「歳なのにね」
私が自嘲すると、健太が笑った。
「歳なのに」
でし笑った。
「だから、あのに追い返されなかったら、私はずっと甘えたままだったとう。億円で皆を助けて、自分の席まで買い戻そうとしてた」
「で席買うって、すごいな」
「本当にね」
今度は私も笑った。
翌週、私は実のくにさな賃貸マンションを借りた。
億円も持っているのだから、もっと良いところにめばいいと田先にも笑われたが、私はまだきな買い物をしたくなかった。
広すぎないLDK。
駅から徒歩分。
実まではで分ほど。
自分で選び、自分の名で契約した部だった。
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初の夜、段ボールのにコンビニの弁当を置き、でべた。
具もほとんどない。カーテンも仮のものだ。
それでも議と寂しくなかった。
結婚していた頃は夫名義のだった。
実は父のだった。
けれどこのさな部だけは、私が自分ので選んだ所だった。
翌朝、目覚ましが鳴るに目が覚めた。
自分でコーヒーを淹れ、窓をける。
誰かの嫌をうかがう必もなく、誰かに追いされる配もない。
私は初めて、「で暮らす」という言葉のを向きにじた。
実には週に何度か通った。
父の通院に付き添い、母の役所の類を緒に理した。ケアマネジャーとの打ちわせにもた。
ただし、すべてを私が背負うことはしなかった。
それをしてしまえば、今度は私がしい「健太」になるだけだからだ。
サービスへ頼むところは頼む。
族にできるところだけ分担する。
おは、その仕組みを支えるために使う。
ようやく私は、億円の正しい使い方がしだけ見えてきた気がした。