"離婚翌日に6億円当選、実家で弟に「居場所はない」と拒絶された私" 第8話
父が番怖れていたこと
父が本音をにしたことで、の空気はしだけ変わった。
その夜、父は珍しく自分から昔の話をした。祖父からこのを受け継いだ、「おがを守れ」と言われたこと。を持つことこその責任だと教えられ、それを疑ったことがなかったこと。
「がなくなったら、俺は何者なんだとってな」
父はぼそりと言った。
私は驚いた。
父はずっといだとっていた。頑固で、族にみを見せず、何でも自分で決めるだった。その父が、老いとともにしずつ自信を失い、古いだけを最の拠り所にしていた。
けれど、そのを正直に言えなかったために、「先祖」「男」「」という言葉で族を縛った。
母も同じだった。
母は波を嫌い、何か問題が起きるたびに「族なんだから」「健太がいるから」「由紀さんなら分かってくれる」と言ってきた。
その言言が、さなりのように弟夫婦へ積みなっていた。
私は自分にも同じ癖があったことに気づいた。
「実なんだから帰れる」
婚直、私はそう信じていた。
父は「を残せば族は戻ってくる」とい、私は「が残っていれば自分の席も残っている」とっていた。
どちらも、という建物へ勝なを押しつけていただけだった。
数、私は域包括支援センターへ相談にった。
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父の体状況、母の膝、健太と由紀さんの負担、古いの状態。事を説すると、担当者は介護サービスや宅改修だけでなく、族全体の負担を見ながら考える必があると言った。
、自宅へ来てくれることになったケアマネジャーの佐藤さんは、穏やかな代の女性だった。
佐藤さんは、いきなり「施設へ入りましょう」とは言わなかった。まず父と母の活を丁寧に聞き、どこで困っているのか、何なら自分でできるのかを確かめた。
由紀さんが何分も理したファイルを見ると、佐藤さんは驚いた。
「ご族だけで、ずっとここまで支えてこられたんですね」
その言葉を聞いた由紀さんが、瞬だけ唇を噛んだ。
誰かから「よくやった」と言われたのは、もしかすると初めてだったのかもしれない。
佐藤さんは訪問介護、通所サービス、福祉用具、宅改修、通院支援などを説した。
父は黙っていた。
母も最初は真剣に聞いていた。
ところが訪問介護の話になると、母の顔が曇った。
「らないがに入るんですよね」
「はい。ただ、必な範囲でお伝いします」
「それはちょっと……」
母は父の顔をうかがった。
「所のに何てわれるか。うちにはお嫁さんもいるのに、に世話をしてもらってるなんて」
私はわずをきかけた。
けれど、そのに健太が言った。
「母さん」
声は静かだった。
それでも部の空気が変わった。
「に世話されるのが嫌だって言うけどさ」
健太は隣に座っている由紀さんを見た。
「由紀はじゃないから、ただで使っていいの?」
母の顔から血の気が引いた。