"「息子が高熱なのに来い!」夫一家に185万円の請求書を押しつけられた私の正体" 第10話
豪華絢爛の密と、百万円の暴力
「お客様、グラン・エクリプス京に到着いたしました」
タクシーが巨な構えを誇る超級ホテルのエントランスに滑り込んだ。 私は運転に万円札を押し付けるように渡し、お釣りも受け取らずに、蓮を抱きかかえて砂りのへとびした。
理が敷き詰められた静寂なロビーを、息を切らしながら駆け抜ける。 普段であれば、総帥である私の姿を認めたドアマンやスタッフたちが斉に直で最敬礼する所だ。 しかし今夜の私は、びしょ濡れのコートにを包み、をした赤ん坊を抱いて青ざめた顔でる、ただのの必な母親に過ぎなかった。
最階直通のプライベートエレベーターにび込み、キーカードリーダーに指先を触れる。 エレベーターが音もなく急昇していく、臓が破裂しそうなほど激しく鳴り響いていた。 倒れているのは誰なのか。救急隊はもう到着しているのか。
チーン、と静かな子音が鳴り、最階のペントハウスフロアの扉がいた。 のペルシャ絨毯が敷かれた廊をり抜け、突き当たりにあるな両きのマホガニー扉のにつ。 案内板には『松岡様 プライベートバースデーディナー』の文字。 私は呼吸をえるもなく、祈るようないでそのい扉を両で力く押しけた。
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「お義母さんッ!! 丈夫ですか!? 救急は――」
叫びながらび込んだ私の界にび込んできたのは―― を着た医師でも、倒れ伏す族の姿でもなかった。
眩いばかりのクリスタルシャンデリアのの。 京の煌めくの夜景を望するガラス張りの広の真んで、きな円卓を囲んでいたのは―― 顔を真っ赤にし、級ワインのグラスを掲げてゲラゲラと品な笑い声を響かせる、の男女の姿だった。
テーブルのには、べ散らかされた最級フレンチの残骸。 オマール老の殻、分い黒毛牛の脂、皿に盛り付けられたキャビアの、そして無造作に転がされた何本もの級シャンパンの空きボトル。
「いや〜、このヴィンテージワイン、本当に美いな! 達也兄貴、マジで最だぜ!」 弟の修が、ネクタイをに巻いてステーキをいっぱいに頬張っている。 「お母さん、お誕おめでとう! 来の私の誕も、絶対ここでやろうね!」 妹の里奈が、シャンパングラスを鳴らして黄い歓声をげている。 「ええ、もちろんよ! やっぱり持つべきものは稼げる息子ねえ!」 子は満面の笑みを浮かべ、箔の乗ったデザートプレートをつついていた。
誰も倒れていない。 誰も苦しんでなどいない。 救急どころか、彼らはただ、タダ酒と極のご馳に酔い痴れ、欲望の限りを貪りっていただけだったのだ。
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私が呆然と扉のにち尽くしていると、ソファにく腰掛けていた達也が、面倒そうにこちらを振り返った。
「あ? やっと来たのかよ、美央。遅せえんだよ」 達也は悪びれる様子もなく、ワイングラスをテーブルに置いた。
「……誰か倒れたって……緊急事態だって……嘘だったんですか?」 私のから、絞りすような、掠れた声が漏れた。
すると、子が勝ち誇ったようにで笑った。 「当たりじゃないの! そうでも言わなきゃ、あんた『子供がをした』だの何だの言い訳して、グズグズ来ないでしょうが! こっちはもうデザートまでべ終わって、お会計のなのよ!」
「財布が遅刻するなんて、本当に気が利かない嫁ね!」 里奈がケラケラと笑い、修が「く払ってこいよ〜」とを振る。
その瞬。 私ので、これまで必に繋ぎ止めていた「としての最のけ」が、音をてて々に砕け散った。 この悪魔たちは、子供がをして苦しんでいるとりながら、自分たちの豪遊の支払いをさせるためだけに、命の危を騙って私を呼びつけたのだ。
達也がちがり、偉そうな取りで私にづいてきた。 そのには、黒い革張りのバインダーが握られていた。
「ほら、おが払う番だぞ。俺の特別なコネで用してやった最峰の宴だ、謝して全額払え」
バインダーが、私の胸元へ乱暴に押し付けられた。
たいでそれをき、に挟まれた伝票の数字を見つめる。
【ご請求額:1,850,000円】
泊のディナーで、百万円。 達也はニヤニヤと卑た笑みを浮かべ、私の顔を覗き込んできた。 「驚いたか? 本万のシャンパンを何本もけたからな! おみたいな無能な専業主婦が、俺みたいな流の男の妻でいられる代だとえば、いもんだろうが!」
里奈がソファから煽りてる。 「お義姉さんが払ってよ! 今はお母さんの誕なんだから、お義姉さんもお母さんをばせたいでしょ!?」
抱っこ紐ので、をした蓮が、苦しそうにさな咳をした。 その姿を瞥した子は、顔をしかめて吐き捨てた。 「ちょっと、そのガキをく泣き止ませなさいよ! せっかくの級ホテルの雰囲気が台無しじゃないの!」
私は、胸元に眠るが子のさな背を、そっと撫でた。 そして、顔をげた。 私の瞳からは、恐れも、しみも、迷いも、完全に消えっていた。 そこに宿っていたのは、絶対零度の氷のよりもたい、徹無比な処刑の差しだった。
「……分かりました。お義母様のお誕ですから、私が全額、お支払いしてまいりますね」
「へっ、最初からそう言えばいいんだよ!」 達也が勝ち誇ったように笑った。
「額な決済ですので、し準備がございます。……分ほど、お待ちいただけますか?」
「おう、さっさと払ってこい! 俺たちは番い追加のシャンパンでも頼んで待ってるからな!」
背に響く彼らの品な笑いを背に受けながら、私は静かに踵を返した。 マホガニーの扉が、い音をてて閉ざされる。 私が向かったのは、階のレジカウンターでも、トイレでもなかった。
このフロアの最奥にある、般のち入りが永久に禁じられたな鋼鉄の扉―― 総支配の扉を、私はノックもせずに押しけた。
分。 それは、あの寄虫たちのを、社会の最底辺へ永に叩き落とすために与えられた、完璧な処刑のタイムリミットだった。