"「片親の貧乏人」と息子を叩いた社長、母の正体を知って絶句" 第2話
女つで育てた
私の名は沢部桃、歳。
夫をくしたのはだった。当、祥太はまだ歳になったばかりで、何が起きたのか理解していなかった。葬儀のも、勢のたちのをさなで歩き回り、折私を見げては「お父さん、いつ帰ってくるの?」と尋ねた。
その度に胸が張り裂けそうになった。
けれど、ち止まっている暇はなかった。宅ローン、保育園、活費、保険、そしてこれから先の教育費。夫がいなくなったしみとは別に、からどう活を続けるのかという現実が容赦なく押し寄せてきた。
幸い、私は父が経営する会社で働いていた。
ただし、父の娘だからと特別扱いされたことはない。むしろ「いずれ娘だから優遇されていると言われる。より厳しく見られるといなさい」と父から言われ、の社員以に仕事を覚えることを求められた。
朝、祥太を保育園へ送り、そのまま会社へる。残業になれば両親に迎えを頼み、夜遅く実へ迎えにく。そんな活が何も続いた。
「桃、今はうちでべていきなさい」
母はいつもそう言ってくれた。
実へくと、卓には噌汁と煮物、焼き魚が並んでいた。事を終える頃には母が残ったおかずをタッパーに詰め、「の朝にでもべなさい」
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と渡してくれる。
父は数がなかったが、祥太の遊び相になってくれた。
「おじいちゃん、もう回」
「これで最だぞ」
そう言いながら何度も積みを積み直す父の姿を見ていると、張り詰めていた気持ちがしずつほどけていった。
ある、無理がなった私はをして寝込んだ。
仕事を休めない、と起きがろうとした私を、駆けつけた母が布団へ押し戻した。
「何をしてるの。倒れたら祥太が番困るでしょう」
「でも会社が……」
「会社には代わりがいる。でも祥太のお母さんはあなたよ」
隣にいたまだ学の祥太が、泣きそうな顔で私のを握った。
「お母さん、僕も伝うから。休んで」
そのさなの温もりを、私は今でも覚えている。
私はそれから「何でもでやらなければ」という考えをしずつ捨てた。両親に甘えるところは甘え、仕事では周囲に助けを求める。その代わり、助けてもらった分は必ず別の形で返す。
そうしてが過ぎた。
祥太は学を卒業し、IT企業へ入社した。父の会社へ入るもあったが、自分の力でを決めたいと言った。
「じいちゃんの会社を継がなくていいの?」
の頃、祥太は配そうに私へ聞いたことがある。
「そんな決まりはないわ。自分のでしょう」
「母さんは?」
「私は私。祥太は祥太よ」
その答えにしたのか、祥太はシステム関係の勉を続け、希望していた会社へ入った。
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それから数。
ある夜、祥太から話がかかってきた。
「母さん、今ちょっといい?」
「いいわよ。どうしたの?」
いつもより声がい。
仕事で何かあったのかとったが、次の瞬、祥太はし照れたように言った。
「俺、結婚を考えてるがいるんだ」
わず頬が緩んだ。
ほどから付きっている女性がいることは聞いていた。名は若菜。友の紹介でりい、今は若菜の父親が経営する品メーカーで経理の仕事をしているという。
「本当に? おめでとう」
「まだ決まったわけじゃないよ。これからちゃんと挨拶とかしないと」
「それでも嬉しいわ。今度ぜひ連れてきて」
話を切った、私はリビングに飾った夫の写真を見た。
「あなた、祥太が結婚するかもしれないって」
返事はない。
けれど写真のの夫が、し誇らしそうに笑っているように見えた。
週、祥太は若菜を連れて実へやってきた。
玄関で彼女を見た、私は素直に素敵な女性だとった。
「初めまして。若菜と申します」
若菜は々とをげた。
った顔ちに、落ち着いた装。言葉遣いも丁寧で、育ちの良さが自然と伝わってくる。
「どうぞがって」
私はしてをリビングへ通した。
そのの私はまだらなかった。
祥太が部をれた途端、この女性の表がまるで別のように変わることを。