"大正十四年、卒業式で制服を脱いだ三十七人――母の署名に隠された秘密" 第6話
返せない布
操が母を問い詰めたのは、学から帰って畳に座ってからだった。ちせは台所でを温め、針仕事で凝った指をゆっくり揉んでいた。娘の式は座布団のにきちんと畳まれ、その横に学から渡された謝罪文の用が置かれている。操はどちらにもをつけなかった。
「布の代まで弁償するなんて、どうして約束したの」
「そうしないと、仕事を回せないと言われたからさ」とちせは答えた。宮裁縫所には今まで学からのきな注文がなかった。の女がまでいつなぐには、着の式はありがたい仕事だった。だが桐が布をす、仕て損じや納入拒否のの弁償を部請け負うことを求めてきたのだ。
「それじゃ、のだけは損しないの?」
「も布を仕入れている。に損がないとは言えないよ。でも、私たちよりきな財布を持っているが、もっともいに先に負担を渡したのは確かだね」
ちせはそこで言葉を切り、娘のを取った。「あんたが違ったと言いたいわけじゃない。母ちゃんの名を見て怖くなったなら、その怖さの分だけ考えてくれたらいい。誰かに責任を押しつけて済む話じゃないから」。
翌、操は佐伯先へ相談した。は学として卒業認定を取り消すとは言っていない。
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だが式のやり直しと証の交付は、保護者の申しと徒の謝罪を待つという。佐伯は卒業に必な課程を終えた者を懲罰のために留させることには反対し、そのことを記した見をへしていた。
「式のことと、学んできたのことは分けなければなりません」と佐伯は言った。「ただ、あなたたちがを脱ぐに、縫いたちへの支払いまで決める話しいができなかったことは残です」。操はうなずいた。その指摘には反論できなかった。
放課、操と環は宮裁縫所を訪ね、吊るされていた式を着ずつ見せてもらった。着のうち着は完全に仕がり、残り着は袖や釦の位置を直す作業が残っていた。卒業が台で着たのくは仮留めした状態で、式が終わってから最終の丈直しをする予定だったという。
「だから皆の体にぴったりではなかったのね」と環が言うと、はるは笑った。「の体は同じじゃないからね。揃って見えても、着ずつ違う。そこに私らの仕事があるんだよ」。
操は自分のをき、母の縫い目を見た。襟裏にはい綿が当ててあり、首に触れたに固い布が擦れないようになっていた。母は娘にその夫を度も話していなかった。反対を示すために脱いだが、途端にくじられた。
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「このを着るがいれば、縫い賃は払われるんですか」と操が尋ねると、はるは首を傾けた。「着るがいるだけじゃだめだよ。誰が注文主で、誰が代を払うか、決め直さなきゃ。うちの仕事はもう済んでいる。まだ誰の物にもなっていないから困るのさ」。
帰り、環が言った。「私、父さんに話してみる。布の値段なら父さんはっている」。操は頼むにつだけ約束をした。「環さんのお父さんに、全部買ってもらおうとは言わない。私たちが脱いだのことを、私たち自が決めたいの」。環はし笑い、「今度は私も、勝におをさないわ」と答えた。
帰宅した操は、自分の式に使われた糸と釦を母と緒に数え直した。ちせは端布を捨てずに箱へ取っておき、縫い直しが起きたのために必なさを記していた。円銭という数字に、娘は初めて触りをじた。を脱いだ瞬には見えていなかった、幾晩もの細かな仕事がそこにあった。もし学とが責任を押しつけえば、その晩晩のは誰の記録にも残らなくなる。操は箱の蓋に、母の名を自分の字でいて貼った。