"消えた十一丁の鍬" 第1話
鍬を渡さない父
「この鍬だけは、丁たりとも持っていかせん」
昭、形県のあいにある杉沢で、鍛冶の徳兵は納の戸に太い閂を掛けた。には、の農が刃を研ぎ直してほしいと預けた鍬が丁あった。朝から役の回覧を見た男たちがのへ集まり、属回収にす鉄をく揃えろと騒いでいたが、徳兵はいつもの無な顔をさらに固くした。
「使える鍬まで集めるとはいとらんでしょう。な鉄をせという話ですよ」と、征した夫に代わって田を守っている佐代が声を掛けた。まだ代の彼女は、昨預けた鍬がなければ稲の根元のも取れない。それでも会の世話役をしている槻宗兵は、「にはの割当てがある。皆がすと言っている以、徳兵にも協力してもらわんと困る」と譲らなかった。
徳兵の男、歳の信は、父の背からその話を聞いていた。彼は町の械修理で働いた経験があり、何が修理できて何が本当に廃物なのかは、現物を見れば区別できるとっていた。父が鍬を隠してしまえば、かえってじゅうから疑われる。今に分け、な物だけせば済む話なのに、父は納の鍵を腰の帯に入れたままかなかった。
「父さん、戸をけてくれ。
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所者も困っているんだ。全部取られると決まったわけじゃない」。信がそう言うと、徳兵は彼の顔を見もしなかった。「おは町で帳面に線を引いてきただけだ。鍬のさを量れても、畑のまでは量れまい」
その言い方に、信の胸の奥で古いりがいた。に修理を辞めてへ戻ったも、父は何も教えず、ただを起こせと命じた。寸法を測ってから鉄を切る信に対し、徳兵はの勘で刃を打ち、うまくいかなければ作り直す。仕事のやり方が違うだけで、まるで息子には鍛冶の資格がないように扱った。
鍛冶は祖父の代から続いていた。徳兵ので直した鍬は、のどの畑へっても見つけられる。それが信の誇りでもあったが、同に息苦しくもあった。父の考えに逆らうと、職の腕ではなく親に逆らったことを叱られる。町の修理では、若い職でも寸法や理由を示せば見を聞いてもらえた。信がへ戻ってから番つらかったのは、鉄のより、父に言葉が届かないことだった。
「なら聞くが、そのの佐代さんの鍬はどうする。使うと約束しただろう」。信が問うと、父はようやく振り向いた。「今渡せば、にはその鍬も回収の荷に載るかもしれん。今は預かっておく」。佐代は目を伏せた。
自分の物を守られるために、自分の田で使えなくなる。それは守ってもらうということなのか。
夕方、々が引き揚げたあと、信は納の戸に赤いが貼られているのを見つけた。『属類・現物調査予定』と墨でかれ、隅に槻の印がある。父はを破り捨てたが、信はそのに付を読んだ。調査はではなく、翌の午だった。
「来るぞ、父さん」。信の声に、徳兵は鉢のをならすを止めた。「っておる。だから今夜は、誰にも納へ入らせるな」。そう言って父が渡したのは鍵ではなく、のから使う錠だった。守ろうとしている物が鍬だけではないことを、信はまだらなかった。