みかん小説
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"泥の作業着と誇り" 第2話

午の台所と紺の作業着

佐々ファームの朝は、まだ夜のが濃く残る午に始まる。

ジリリと目覚まし計が鳴りす寸、横で眠っていた夫ののが伸び、正確にアラームのボタンを押し込む。結婚して、が寝坊をしたところを咲はただの度も見たことがない。

咲はその数分に布団をて、暗い台所にっていた。

のこの期、換気扇を回すと湿り気を帯びたの匂いが流れ込んでくる。ガスコンロにを点け、汁のりをたせながら噌汁の具を刻む。卵をつ割り、甘めの焼き卵をく焼きげていく。

に持たせる弁当箱は、男子が使うような型の段アルミ弁当箱だった。

「畑にるはな、朝った飯のエネルギーを昼までに全部使い果たしてしまうんだ。米を惜しんじゃ、良い野菜は作れねえ」

、義父の徳蔵(とくぞう)がよく笑いながらにしていた言葉だった。

音をてずに台所へ入ってきたは、蔵庫からえた麦茶のポットを取りし、リットル入りのステンレス筒に並々と注ぎ入れる。それから無言のまま咲の隣にち、来がった弁当箱の蓋を両でしっかりと閉めた。

「今も暑くなるな」

の言葉は、いつも極端にい。

「うん。筒の氷、めにしておいたよ。

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塩飴もポケットに入れておいてね」

「ああ」

それだけの会話だった。結婚した当初、咲はこの無な夫の態度に「私との会話が退屈なのだろうか」とを覚えたこともあった。しかしをねるうちに、それが淡さからくるものではないことがに染みて分かった。は言葉を惜しんでいるのではなく、よりも先に体がに向かっていてしまう男なのだ。

玄関ので、は壁のフックに掛けられた作業着に袖を通す。

何度も何度も洗濯で洗われ、すっかりが褪せてっぽくなった紺の作業着。胸のポケットのには、い刺繍糸で『佐々』と縫い取りがされていた。

それは、畑の畝ので臓発作を起こして急逝した義父・徳蔵の形見だった。義父がくなった翌朝、はその作業着を引っ張りし、咲に「丈を直してくれ」と頼んだ。咲が夜なべをして袖と裾を詰め、の体躯にわせた着だった。

「しいのを買おうよ。農協の売にもたくさん並んでるじゃない」

そう勧めた咲に、は袖の綻びを撫でながら、静かに首を横に振った。

「これでいい。親父の匂いが残ってるうちは、畑で迷わずに済む」

が引き継いだ「佐々ファーム」は、先代の徳蔵が数にわずかアールの痩せた傾斜を切り拓くところから始まった農業法だった。

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今では自社農と預かり農をわせてヘクタール。常勤社員が、契約農が軒。派な規模に聞こえるかもしれないが、実態はトタン根のプレハブ事務所の隣に、埃っぽい選果と古い農具倉庫が並んでいるだけの、臭い産現に過ぎない。

咲の仕事は、そのプレハブでの帳簿付け、荷伝票の起票、契約先からの注文話の応対、そして作業のに社員たちへすたい茶を沸かすことだった。

「代表取締役」という肩きを持ちながら、はの半を畑のので過ごす。の取引先やの支が訪ねてきても、は作業着姿に靴を履いたまま、軽トラックの荷台に腰掛けて話を聞くような男だった。

「農です」

誰かに夫の職業を聞かれるたび、咲はいつも誇りを持ってそう答えてきた。

しかし世にとって、その言葉がどう響くのかを、咲はっていた。っていて、あえてそれ以の説をしてこなかった。がどれほどの覚悟でを耕し、どれほどの誠実さで野菜を育てているかなど、言葉で並べてたところで、を踏んだことのない者にはただの「言い訳」にしか聞こえないとっていたからだ。

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