"泥の作業着と誇り" 第1話
赤いドレスと乾いた笑い
駅のランドマークであるセントラルホテルの階、宴会の空気は、卒業からの歳を経て再会した同級たちの気と酒の匂いに満ちていた。井に吊りげられた巨なクリスタルシャンデリアが眩いを投げかけ、壁際に並べられた皿料理の器がカチャカチャと音をてている。
歳になった藤井咲(ふじい・みさ)——現の姓は佐々——は、胸元に『藤井咲(佐々)』ときされた名札をピンで留め、グラスを両で包み込むようにして壁際に静かにっていた。
代の咲は、教の最列の窓際で文庫本を広げているような、目たない徒だった。誰かの悪に加わることもなければ、派なグループので声を張りげることもない。ただ、体育の授業でペアを組めずにでち尽くしている転のそばにそっと歩み寄ったり、放課にで居残り掃除をさせられている徒のゴミ箱を無言で緒に運んだりするような、そんな女だった。
「ねえ、みんなちょっと聞いてよ! みさの旦さん、農なんだって!」
甲い声が、静まりかけた歓談の輪を切り裂くように響き渡った。
声の主は、会の央でひときわ目を引く真のタイトワンピースをに纏った神崎レナだった。
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代からクラスのカーストの頂点に君臨し、常にの話題を自らの引きて役に仕てげてきた女性だ。京の商社マンと結婚し、湾岸タワーマンションの階に暮らしているという自話を、先ほどから周囲のテーブルに触れ回っていた。
レナがシャンパングラスを掲げた差し指で、壁際の咲を指差した。
「臭い旦とか、恥ずかしすぎない? 毎だらけで帰ってくるんでしょ? 洗濯とかどうしてんのよ。うちの夫なんて真でも仕ての良いスーツで、汗をかいたらすぐクリーニングきよ。まみれの男と緒に暮らすなんて、私だったら絶対に耐えられないわ!」
波紋のように、笑が広がっていった。
最初はくのテーブルにいた、。それが周囲へ伝播し、やがてほど集まった会のあちこちから、含み笑いやクスクスとした嘲笑が漏れ始めた。
「うわ、変そう」「とか真っ黒なんじゃないの?」「今どき農って、跡継ぎ問題とかで苦労するだけじゃん」
自分自が馬鹿にされるだけなら、咲はいつものように笑ってやり過ごすことができた。代からずっとそうしてきた。波をてず、誰かを傷つけないために、自らが歩引くことが美徳だと信じていたからだ。
しかし、その夜に嘲笑のとして晒されていたのは、咲ではなかった。
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毎朝午に目覚ましが鳴るに起きがり、誰よりもくのりた畑へ向かう。指の腹がひび割れ、爪のに染み込んだ黒いが、どれだけ鹸で洗っても落ちない。台がづくたびに古びた軽トラックをらせ、齢の契約農を軒ずつ回って「無理をしちゃいけません」とをげる——夫、佐々(だいち)だった。
咲はテーブルのに、ぬるくなったウーロン茶のグラスを静かに置いた。
指先が微かに震えていたが、それは恐怖からではなかった。胸の奥底から、静かに、しかし激しく湧きがってくるいのせいだった。
咲は背筋を真っ直ぐに伸ばし、笑い声をげている同級たちの顔をずつ正面から見据えた。
「それでも、私の世界自の夫よ」
声は決して鳴り声ではなかった。むしろ、自分でも驚くほど静かで、透き通った声だった。
しかし、その言は、シャンデリアが揺れる広い宴会の隅々にまで、驚くほどはっきりと響き渡った。
瞬の静寂。
誰もが言葉を失ったように咲を見つめた。しかし、その張り詰めた空気を破ったのは、やはりレナの甲い嗤笑だった。
「はあ!? 自の夫? 本気で言ってんの、みさ? あはははっ! だらけの百姓を自とか、健気すぎて笑えるんですけど!」
堰を切ったように、その夜で最もきな爆笑が会を包み込んだ。
子からを乗りして腹を抱える男たち、元をで覆いながら肩を揺らす女たち。
咲はその輪のに、先ほどまで「みさ、久しぶり!」と笑顔で懐かしそうに語りっていた友、まゆとエリの姿があるのを見た。は目を伏せ、気まずそうにしながらも、周囲の空気にわせるようにさく笑っていた。
胸の奥に、たい氷の針が突き刺さるような痛みがった。
この所には、言葉など届かない。がに向きってきたのみも、あの頑固で温かいの平の誇りも、このっぺらい優越の部では何つ伝わらないのだと、咲は悟った。