"昭和53年、満員の始発を止めた運転手――その後、坂道で起きた悲劇" 第3話
の晩の線
夜の覇は、普段の曜とはまるで違っていた。午、サイレンが響き、般のは止められた。交差点では標識を覆っていた布をし、反対側に取り付ける作業員が汗まみれで働いていた。清徳の息子・平もそのだった。歳になる平はの請け会社に勤め、に入ってからで夕飯をべたがほとんどなかった。
父と息子は最、ろくに話をしていなかった。平はしいの図面を示しながら、父の経験だけで全を判断する代ではないと言った。清徳は、図面のでは坂の角度が分かっても、のに子どもがどこからってくるかまでは分からないと答えた。互いに言い分はあったが、どちらも相の仕事を軽く見たような調になり、卓では妻の節子がを挟まなくなっていた。
切り替え作業の夜、平の班は丘線沿いの留所標識も移した。これまでの反対側にあった待所を、の側にわせて変更する。作業は順通りにみ、予定の刻までに終わった。だが丘丁目の坂だけは、最まで平の気がかりとして残った。しい標識のつ所に幅の狭い歩があり、の溝のふたが部しくなっていたからだ。
「朝の便までに、ここの踏み板を確認したいんです」
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と平は監督へ言った。監督はもう別の現へ移る準備をしている。「確認は所定の点検で済んでいる。今夜はとにかく標識を切り替えるだ」。平は言い返せなかった。図面にある『使用』の文字を消す権限も、そので留所を移す権限も自分にはなかった。
夜に帰宅した平は、玄関で眠りかけた父と顔をわせた。「丘の坂、は気をつけて」と告げると、清徳は寝ぼけで「しい線を違えたら、乗客より先に俺がるさ」と冗談を言った。平は笑えなかった。親子のを、蔵庫のいうなりだけが流れた。
朝を過ぎ、平は作業事務所の話で島交通に連絡を取ろうとしていた。ところが交換台は通話が続き、ようやく苗につながったには、営業所で旧型バスを使うかどうかの論が始まっていた。「丘丁目の乗所は、通方法が変わったからといって全になったわけではありません。留所の位置を現で確かめてください」。苗はメモを取ったが、その声は騒がしい事務所のでかき消されそうだった。
「誰からですか」と清徳が聞くと、苗はメモ用を押さえた。「の作業員だそうです。姓は垣」。清徳の眉がいた。息子が自分の職へ話してくるなど、珍しいことだった。しかし平は父を呼んでほしいとは言わず、確認を求めるだけで話を切ったという。
清徳はそのメモを折って制の胸に入れた。旧型の扉が危険なのはらかだ。だが型に替えさえすれば済む、と考えていた自分のに、別の疑問が浮かんだ。しいバスの扉がにいても、そのにが全にてる所がなければ、やはり客は危険にさらされるのである。
彼が再び配表へを伸ばしたとき、営業所の構内放送が鳴った。「丘線の皆さま、まだ発の見通しがっておりません」。待所からいため息が聞こえた。清徳は、扉枚の向こう側にあるものを、今まで分に見てこなかったのだとった。