"大家だった姑の逆転" 第5話
「母さんには施設に入ってもらおう」
玄関から入ってきた息子は、リビングの空気がいつもと違うことにすぐ気づいたらしい。靴も脱ぎ切らないうちに、「どうしたの?」と私たちの顔を交互に見た。嫁は返事の代わりに、テーブルのの類をつかみ、そのまま息子へ突きつけた。
「ねえ、どういうこと?」
息子が目を丸くする。
「何が?」
「このアパートの所者、あなたじゃないじゃない!」
その言で、息子の表が固まった。私は何も言わず、息子がどう答えるのか待った。やがて息子は肩を落とし、私から目をそらした。
「……ごめん。ちょっと見栄を張った」
嫁の顔がみるみる赤くなった。
「見栄?」
「付きってた頃、君にすごいってってもらいたくて。親父が残したアパートは俺が持ってるって……そう言ったんだ」
息子にとっては、さな嘘だったのだろう。いずれ自分が受け継ぐ能性があるから、完全な作り話をしている覚すらなかったのかもしれない。しかし、その嘘を嫁は本気で信じていた。そして「アパートを持つ男」と結婚したつもりで、このへ入ってきた。
「じゃあ、今まで私に言ってたこと、全部違うじゃない!」
嫁は息子の胸を叩く勢いで詰め寄った。
「このアパートも、お父さんの遺産も、あなたのものになるって言ったじゃない。私、だから――」
そこで言葉を止めた。
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私は聞き逃さなかった。
「だから、何?」
嫁は黙り込んだ。だが数秒、き直ったように私を見た。
「でも、どうせ将来は彼のものになるんでしょう?」
「さあ。それは私が決めることよ」
「だったら今、名義を変えればいいじゃないですか」
あまりにも迷いのない言い方だった。
「私、ずっとしてきたんです。同居だって本当はしたくなかった。若いのに姑と暮らして、好きでもない事をして、気を使って。そろそろ私たちにもご褒美があっていいでしょう?」
私は胸の奥で何かが静かに切れる音を聞いた気がした。最初の挨拶の、「お母さんが頑張ってきた分、私も支えたい」と言っていた嫁。その言葉が、ようやく別のに見えた。あれは同居を成させるための言葉だったのかもしれない。
息子はを抱えたまま黙っていた。私は最の期待を込めて息子を見る。
「あなたは、どうっているの?」
息子はいこと答えなかった。やがてさな声で言った。
「母さん、ごめん」
その言で、答えは半分わかった。
「介護施設なら、俺がちゃんと探す。苦労はさせない。だから……このアパート、俺に譲ってくれないか」
胸が痛まなかったと言えば嘘になる。私はこの子をで育ててきた。をした夜も、学費用がりず眠れなかった夜も、で越えてきた。その息子が今、私の暮らしを守ることより、嫁との活を守るために私をへそうとしている。
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けれど私は鳴らなかった。
息子が嫁を番に考えること自体は、夫として違いではない。問題は、そのために私のや活を当然のように差しそうとしていることだった。
私はゆっくり息を吐いた。
「わかったわ」
が同に顔をげた。
「このアパート、あなたに譲る」
嫁の顔がぱっとるくなった。息子も信じられないというように私を見た。
「本当に?」
「ええ。ただし、私のしいまいは自分で決める。そこにはをさないで」
「もちろん!」
嫁の返事は、あまりにもかった。
私はその夜、寝へ戻って扉を閉めた。向こう側から「やったね」「これで私たちもオーナーだね」と弾んだ声が聞こえてくる。私はベッドの端に座り、夫の写真を見つめた。
しいはずなのに、議と涙はなかった。
代わりに、数かに管理会社から届いていた通の報告をいしていた。
私はまだ、に伝えていないことがあった。
そしてそれこそが、が欲しがった「アパート」の本当の姿だった。