"夫のいない四日間" 第1話
夜の甘いりとえたリビング
夜分。パソコンの液晶画面から放たれる青いが、暗い斎の壁を角く照らししていた。
カタカタカタ、と乾いた打鍵音を響かせながら、私は刊文芸誌に連載している編ミステリー説の締め切り原稿、最のワンシーンをき終えた。送信ボタンをクリックし、担当編集者への納品完メールがんでいくのを見届けてから、く背もたれにを預ける。凝り固まった首筋を回すと、ポキリと鈍い音が鳴った。
私の名は田里美(やすだ さとみ)、歳。、子育てのに執したミステリー作品が版社の賞を受賞し、代をにして専業作となった。現は文芸誌での連載本に加え、ウェブ説のコミカライズ原作などを複数抱え、毎コンスタントに桁の原稿料を稼ぎす職業作として計をで支えている。夫の博之(ひろゆき)と結婚して今で。のには、今歳になる学の娘・美(みか)がいる。
夫の博之とは、私がかつて勤めていた般商社の営業部で会った。当はるく面倒見の良い先輩だったが、私の原稿料収入が彼の収を軽々と抜きった、彼は「里美の作活を支えるため、専業主夫になって庭を守る」
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と宣言してあっさりと会社を辞めてしまった。
しかし、退職した翌週から彼が事にを付けることはほとんどなくなった。朝は過ぎまでベッドで眠りこけ、昼はソファーで寝転がってスマートフォンでソシャゲに課し、夜になれば「男の付きいだ」と私のクレジットカードから引きした遣いを握りしめてみ歩く。掃除、洗濯、炊事、そして美の育児と学事のすべては、締め切りに追われる私の肩にくのしかかり続けた。
そんな博之が、今朝に限っては珍しく、仕ての良い濃紺のビジネススーツを着ていたのだ。
「どこかくの?」
朝のフレンチトーストを美のに置きながら尋ねた私に、博之は瞬だけ喉をさせ、泳ぐ線を無理やり引き戻すようにして答えた。
「め、面接だよ。面接。いつまでも妻の稼ぎに甘えてるのも男として格好悪いだろ。そろそろ俺も社会復帰して、しっかり稼ごうとってね」
「そうなんだ。頑張ってね、受かるといいね」
私はから微笑み、玄関で靴ベラを渡した。目の結婚活ので、夫がついに父親としての自覚を取り戻し、族のためにい腰をげてくれたのだと信じ切っていたのだ。
カチャリ、と玄関の鍵が回る音が静まり返った廊に響いた。
千鳥の音がフローリングを踏みしめ、リビングの引き戸が乱暴に押しけられる。
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ち込めたのは、居酒の脂っこいアルコール臭と、それに混ざりう濃で甘い、級ブランドのの匂いだった。
「博之……? 面接、どうだったの?」
リビングへ向かった私は、ソファーに崩れ落ちている夫を見てち止まった。
スーツの着はに脱ぎ捨てられ、ネクタイは喉元で歪み、だらしなくをけた博之はすでにいびきをかいていた。酒の匂いだけならまだしも、このむせ返るようなジャスミン系の甘いフレグランスは、らかに女性特のものだった。
その、ソファーのクッションの隙に滑り落ちた彼のスマートフォンが、テーブルのランプのを受けてピカッと滅した。
画面には、ロックのかかっていないメッセージアプリの通がなっていた。
胸のにたいざわめきが広がる。私は震える指先でその端末を取りげ、画面をタップした。
『ひろくん、今の夜景フレンチすっごく美しかった♡ 奥さんにはちゃんと面接って誤魔化せた?』
『裕子、次はもっときりでゆっくり過ごそう。来の沖縄旅、スイートルーム取ったから楽しみにしててね』
メッセージの送信者欄に表示されていた名。それは、代からの親友であり、美の産祝いにも真っ先に駆けつけてくれた、あの「井裕子(しらい ゆうこ)」だった。
裕子には、総商社に勤務する真面目な夫がいる。信じ切っていた夫と、何でも打ちけってきた無の親友。の裏切りが鋭利な刃となって私の胸元を容赦なく抉り、っていられないほどの激しい目眩と吐き気が襲いかかった。テーブルの角を掴んで膝の震えを抑え、奥歯を噛み締めて嗚咽を喉の奥へ押し戻す。
(嘘でしょ……博之と、裕子が……?)
画面をスクロールすると、が夜景の見えるバーで肩を寄せってワイングラスを掲げる写真や、ホテルのエレベーター内でふざけって抱きう写真が何枚も保されていた。
泣き叫びたい衝を、作としての徹な観察がギリギリのところで押し留めた。
ここで任せに男を叩き起こして問い詰めたところで、「誤解だ」「酒の席のノリだ」と言い逃れされ、証拠を隠滅されるだけだ。
私は呼吸を繰り返し、震える指先でのメッセージ履歴、写真データ、訪れたレストランのレシート画像をすべて自分のスマートフォンの専用フォルダへと転送した。送信履歴と端末のキャッシュを完全に消し、スマートフォンを元の位置へそっと戻す。
翌朝、リビングへ起きてきた博之は、何わぬ顔でトーストを齧っていた。
「昨はずいぶん遅かったわね。面接のはどうしたの?」
努めて穏やかな声で尋ねると、博之は線を骨に泳がせ、首のろをポリポリと掻いた。
「ああ……面接の帰りにさ、偶然昔の男友達とバッタリ会っちゃってさ。久しぶりだから軽く杯付きわされたんだよ。おのらない奴だから、名言っても分からないって」
嫌そうに話を打ち切る夫の横顔を見つめながら、私のの温度計は完全に氷点までがり切っていた。
嘘をつくということは、それがろ暗い裏切りであると自覚している証拠だ。
この男に、そして親友を気取って私の庭を蹴にした女に、で最も痛烈な制裁をしてやると、私はので静かに誓った。