"昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由" 第8話
臨検の
に入ると、町から寺の様子を見に来るがあるとらされた。井は児童の類をえ、玄は本堂の板戸を修理した。しのは番きな釜を磨き、いつもよりしだけい飯を炊いた。正雄には、そのだけ飯が増える理由がはっきり分かった。町のが見に来るからだ。
検分に来たのは古川と、隣町から派遣された教育関係の職員・藤岡だった。藤岡は子どもたちの顔を見て「みんな元気そうだな」と笑い、寒さはどうか、勉はんでいるかと尋ねた。正雄は答えようとしたが、井が先に「おかげさまで」とをげた。藤岡はい飯をひとべて、「変な期に、よく用なさっている」とした。
正雄は膳を見つめた。今の飯だけはいつもの倍く盛られている。郁夫は目を輝かせてべ、節子は黙って箸をかした。あの夜に皆で事を拒んだ、こうして最初からちゃんとべ物があれば、誰もられずに済んだはずだった。けれど正雄には、今だけの卓が本当の暮らしを隠すためのものに見えた。
見回りが終わりかけた、正雄はちがった。「藤岡さん、も今と同じ飯がますか」。古川の表が変わった。藤岡は首を傾げた。「どういうだい」。正雄が事の記録を差しすと、井は子から腰をげた。
広告
「正雄、それはあとで」。しかし子どもたちはもう黙らなかった。節子が「いつもはもっとないんです」と続けた。
藤岡は帳面を受け取り、驚くほど丁寧に読んだ。「君たちが毎記したのか」。正雄は頷いた。ところが古川が横からを伸ばし、「子どものい込みを真に受けるわけには」と言った。藤岡は遮らず、のを交互に見た。「それなら搬入記録と照らしましょう」。その言で井の肩が張った。
寺の奥からされた受領記録には、俵受領と記されている。藤岡が「実物は俵ですね」と言うと、古川は俵を作業所へ回したと説した。の補修と燃料の確保のためだという。藤岡はそれを必な判断と認めつつも、「では、なぜ寺に全部納めたという表記のままなんですか」と尋ねた。古川は声をくした。「こういう類は括して処理するんです」。
正雄が次のをした。の児童を配分から除する通だった。藤岡は眉をひそめ、井へ「このは、いつ移転したんです」と聞いた。井はまっすぐに答えた。「誰も移転していません。私がした類でもありません」。しのは背でをわせたままっている。古川はそこで初めて、はっきりと声を荒らげた。
「児童の配置は役と学で調するものです。勝に騒ぎを起こされては困ります」
広告
。藤岡は古川の説を最まで聞き、原本と印箱を確認する、と告げた。それだけなら正雄は救われた気がしただろう。しかし帰り際、藤岡は井へ声で言った。「この記録の責任者は先になっています。提した覚えがなくても、いったん仕事をれていただくことになるかもしれません」。
検分が終わった夜、井は子どもたちのに座った。「おたちが記録したことは違っていない」。正雄は顔をげた。「でも先、仕事をれるんですか」。井は答えを急がなかった。「まだ決まっていない。決まったらきちんと話す」。その声は穏やかだったが、正雄は、先を守ろうとして何かを隠せば、もう度同じことが起こるのだとじた。
翌朝、井は寺の教へ来なかった。代わりに別の若い教師が到着し、井は町で類を確かめる、授業をれると説された。子どもたちは騒ぎ、郁夫は泣きした。正雄は自分の記録が先を追いしたのだろうかと考えた。その、節子が横へ来て言った。「正雄、何も言わなかったら妙ちゃんの飯は増えたとう?」。正雄は首を横に振るしかなかった。